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健康護身術を指導している橋本実です。

【合気道は相手思考】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、このブログでは護身と情報という話をしていますが、今回は、情報を出さないということについて述べたいと思います。

 


情報を読むためには?

 

合気道と他の武道・格闘技の違いを述べるとしたら、極端な言い方をすると、他の武道・格闘技は、相手と対立を中心に技ができているが、合気道は相手を受け入れることを中心い技ができているということになるでしょう。

相手を受け入れるというのは、最初に自分の意見を出さないということに通じます。

要は、You first「君から」思考なのです。

先ずは、相手の情報に耳を傾け、相手が何をしたいのかということに全神経を傾ける必要があります。

合気道は、そういった意味では「受け身の武道」と言えなくもありませんが、一般に言われる「受け身の武道」とは意味が違います。

「相手がせめて来たらそこで初めて動作を起こす」というのではなく、相手の情報を取るために自己主張しないということで、相手を受け入れる武道であり、受け身の武道ではないのです。

NLP心理学の前提では「相手の世界に理解と敬意」ということをいいますが、合気道でも起こりでは同様のことを行うわけです。


相手の目からの情報を絶つ技術

 

特に武道である合気道では、相手との対話は非言語によって行われるため、この情報の読みには技術が必要です。

そのため合気道では、自己主張をできるだけ抑える必要があるのです。それを当会では情報の遮断と呼んでいます。

そのための情報遮断の基本技術は相手の目から情報を入手できなくすることです。そのための技術は次のようになります。

  1. 距離(間合い)の確保
  2. 無構え
  3. 人形の目

先ず距離ですが、これは一畳分(180センチ)を隔てるのが、形での初期ポジションとされています。

これは、相手が武器を隠し持っていても、対処できる最大限近づける距離と言われています。

ですから暴漢に相対したとき、約2メートルは空けておく必要があり、これが最小限度の間合いであると覚える必要があります。

戦前の合気道では合気道の開祖は構えを取っておられましたが、戦後の大東流合気柔術と完全に分離された合気道では向かい合った時点では構えをとられませんでした。

暴漢に相対したとき、例えばボクシングのファイティングポーズをとったらどうでしょう。

暴漢は、『やばい!』と思った時点で、刃物を持ち出すかもしれません。

これは相手への情報を与えているからです。ですから、安全距離にいる時点では構えを取るということはしない方がいいのです。

さらに、目は心の窓といいますが、情報が一番もれやすいので、眼球を停止させます。それが人形の目ということです。


 

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【情報の操作】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今回は情報についてお話ししたいと思います。武道を護身と考えたとき、この情報という要素が非常に大切になります。

そこで、今回は情報に関して述べて行きたいと思います。


情報次第で事実が曲げられる

 

最近、経済研究家の三橋貴明氏の「日本経済2020年危機ー経済学の嘘が日本を滅ぼす」という本を読みました。

そこでは、日本の借金1000兆円(国債)の実態が明かされ、日本はギリシャなどのように破綻することがない事実など、様々な統計資料によって示されていました。

例えば、1000兆円の借金のうち、日本銀行の持ち分が44%(現在は46.5%)で、紙幣を発行して買い取っているということです。

このように、政府が出す情報は、増税に都合の良い事実だけを国民に告げている実態が統計資料によって明らかにされていました。

といっても、政府はウソをいっているわけではありません。マスコミなどに流す情報が端折られた、増税に都合の良い情報を政府としての意見として述べているだけで、事実を伝えている訳ではありません。

ですから、財務省のページには国債所有者別内訳などちゃんと国民が見れるようになっています。

どう判断するかは国民にゆだねていますが、そこまで調べる国民は殆どいないのが現状で、政府の意見を事実としてとらえる人が大半です。

かくいう僕もそれが事実と思い込んでいて、そのため「増税はしかたがない」と思っていました。

 

 


情報を操作する

 

こういった政府の仕掛けるトリックに腹を立てても仕方がないのですが、僕たち武道をしている人間は、ここから学べることがあります。

相手を制するには、如何に情報を操作するかということです。

こういったやり取りを卑怯と思う人がいると思いますが、才能、体格、年齢、性別などの壁は、正直に言って正々堂々と真っ向から闘うというやり方では超えることが不可能です。

しかも、自分に危害を加えようとする相手に対して、正々堂々と素手で制するというのは非常に危険な行為です。

以前、非常に正義感の強い方が、新幹線で起こった無差別殺人を起こそうとした犯人に殺されたという話がありましたが、刃物相手に、素手で正々堂々と戦うのは心情的に理解できますが、護身術としては正しいとは言えません。

合気道は愛の武道だから、例え相手が武器を持っても、当て身技(合気道の打撃法)を使わず素手で相手を受け流して、相手へもケガをさせず制する必要があると考えている人が多いですが、そんなことは不可能です。

話はそれましたが、護身を考えたとき、如何に相手への情報をコントロールが大切です。


 

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【人の理解はどこから来るか?】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今回もNLP心理学の前提と合気道について述べていきたいと思います。


人が理解するとは?

 

NLP心理学の15ある前提の一つに、「人は自分の世界の経験を前提に今直面していることを理解しようとする」ということがあります。

要は、自分の目に入ったことというのは、自分の経験と知識というフィルターを一度通して、世界を見ているということです。

例えば、「この時計のデザインをあなたはどう思いますか」と聞いて、デザインの批評をしてもらってから、「ところで、今、何時さしてましたか?」と聞くと殆ど答えられません。

デザインを見るときに、当然、時計の針もデザインに含まれていますから見ていたはずなのに、何分を指していたかを覚えている人はかなり少ないのです。

このように、人間はものを見るときに必ずフィルターをかけてみるわけです。

これは、目から入った情報だけではなく、五感すべてで起こるものです。


合気道では逆利用

 

実は、合気道では、NLP心理学の「人は自分の世界の経験を前提に今直面していることを理解しようとする」という特性を逆利用します。

そのため、その本質になっているものを秘伝として、上位の者にしか伝えないという面があります。

これは武道では当然のことで、自分の行う技が、事前に相手に知られていては、命に係わります。

相手が知らないからこそ効果があるので秘伝として伝えています。

僕の師である井口師範が、本部の大きな演武会に行きたくないといっておられた理由として「何で、翁先生からいただいた秘伝を、わざわざ皆にみせなあかんのや」と言われたことがあります。

井口師範の秘伝は、かなり非常識で、人が日常では経験することがないものですから、余計にそういったことを言われたわけです。

ところで、当会の稽古ではこういった秘伝を教えていますが、最近少し問題になってきています。

というのは、教えないときは対応できないのに秘伝を教えるとそれに対応して、相手の技を殺しにかかる人がいます。

当会で秘伝を教えるのは、秘伝の技に対抗するためではなく、少しでも早く上達して、才能ある人はもっと先を行くようにするためで、秘伝を使いこなせるようにするためです。

手品もタネを知って、それを稽古して、素晴らしいショーができるようにするためで、自分が観客になって、タネを見てインチキだと満足するためではありません。

最近、それを勘違いをしている会員が現れているので、今後、秘伝の扱いについて考えるべき時期がきたと感じています。

このように知らないから認知できないという点が合気道には大切です。


 

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【相手の世界に理解と敬意】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今日はNLP心理学の前提「相手の世界に理解と敬意」に関連付けて、合気道についてブログを書いていきたいと思います。


合気道は受身の武道ではない

 

一般の認識として、合気道を知識で知っている人はよく「合気道は受身の武道」といいます。

ところが、武道において、相手の攻撃に対して常に受けに回っていると相手に気に押されとても相手を制することはできません。

ここを間違えると、護身にすら使えないものとなってしまいます。

それは、空手の組手や、ボクシングや拳法のスパーリングをやってみるとすぐ分かります。

私の師・井口師範も、「武道では先を取ることが大切である」ともおっしゃいました。

そのため、井口師範は僕たちに合気道の打撃法である「当て身」のやり方を徹底的に教えてくださいました。

武道である以上、相手を制する必要があるからです。

 


相手を受け入れるのが合気道

 

井口師範は、「合気道の技は相手を受け入れるところから始まる」ともおっしゃいました。

「先を取る」と「相手を受け入れる」では全く矛盾する行為のように思います。

けれども、相手を受け入れるというのは、相手の気に合わせるという場合に非常に大切です。

合気道では、他の武術や格闘技と違う点は、対立から始まるのではなく、相手の受け入れから始まります。

対立から出発していると、相手の力と正々堂々と正面からぶつかり合うのが正しい戦いというようになりますが、合気道の場合、相手を受け入れて、そして相手に合わせるのです。

これを日ごろの人間関係に例えると分かりやすいと思います。

というのは、常に議論やディベートを吹っかけてくる相手と自分の興味のあることに関心を抱いてくれる相手ではどうでしょうか?

議論やディベートも時には面白いかもしれませんが、自分の興味あることを話してくれる相手だと、疲れることもなく、一晩中でも話したいと思うでしょう。

このように、合気道は相手とぶつかるのではないのです。

ですから、合気道においては、相手の力には敬意を払い、「入れたいように入れさせる」という立場をとり、相手とぶつからないことを良しとします。

相手にやりたいようにやらせ切ることで、相手は満足し、こちらについて来てくれて、そして気持ちよく倒れてくれます。

これが相手と対立しない、相手と受け入れる武道であり、相手の土俵では徹底的に戦わない姿勢を貫く合気道の考え方なのです。

合気道の理想は、相手を尊重し、相手とぶつかり合うことなしに、相手が自ら崩れて気持ち良く倒れてくれる状況をつくれることなのです。

精神世界と物理世界で共にそういったことを実現できるのが合気道の醍醐味です。


 

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【現実は呼び方しだいで変化する】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、NLP心理学は合気道と非常に相性がよいという話を前回しました。

今回は当面は、NLP心理学を合気道に関連づけて書いていきたいと思います。


現実は呼び方しだいで変化する

 

僕は、幼少のころから青年期にかけて非常に体が弱く、一番輝くはずの少年期・青年期は人生を諦めた悲惨な日々を送っていました。

ところが26歳の時に合気道の師匠・井口師範にお会いしてから、僕の人生が大きく変わりました。

僕の少年期・青年期は体が弱いゆえに様々な理不尽な目に遭ってきました。

暴力や恐喝などいろいろな目に遭いました。

また、小学校4年生の時には少年野球でバットで殴られ左目を失い、中学2年の時には、頭の手術で何か月も学校を休み、弱い体がさらに弱くなりました。

こういった少年期・青年期の様々な事件を点で考えると、本当に不幸としか言えないかもしれません。

しかし、合気道を軸に僕の人生を考えると全く違ったものになります。

それらの不幸な出来事の点を線で結んでみると、そういった体験が僕を合気道に導き、僕に健康に導いてくれました。

僕にとって、それらの不幸な出来事は、試練であったと言えます。

それは、僕を井口師範に結び付ける「神様の布石」とも考えられるからです。

このように苦しみを試練と捉えるだけで、「自分は神に選ばれし存在」と思えてくるから不思議です。

他人からすれば、単なるこじつけに聞えるかもしれませんが、それで僕の人生が鮮やかに彩られてきます。

 


合気道の本質は愛?

 

合気道開祖は「合気道は愛の武道」と言われています。

相手を制することを目的とした武道が「どうして愛?」と疑問を感じる人が多いでしょう。

しかし「武道は愛である」と捉えた時点で状況が変わってきます。

そうすると、さらに、「宇宙全体で考えたとき、宇宙の本質は愛」ということに変わってくるからです。

冷静に考えると、宇宙は破壊と創造を繰り返しているだけで、時には生命を破壊し、時には生命に恵みをもたらします。要するに、宇宙は善も悪もないといえるかもしれません。

ところが、宇宙に意識があると考えると、宇宙は創造のための破壊を行い、全てのものを進化発展へと導いているという捉えると、「宇宙の本質は調和と育むこと」といえます。

すると、「宇宙は愛が本質」ということに変わってきます。

宇宙の本質が愛であり、調和と育むことであるとするなら、それを武道に適用して、相手との調和を目指し、お互いに育て合うことを目標にするなら、それは宇宙的な愛ということです。

この発想から、合気道の相手への考え方が変わり、対抗ではなく、相手を受け入れることが合気道の技の本質となるのです。

 


 

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【NLP心理学と合気道】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、僕は今NLP心理学を勉強していますが、これが僕のやっていた合気道をするにも非常に有効と感じています。

僕の学んでいるNLP心理学には15の前提があります。

その中で、12番目に出てくる前提の「決めればどこかに動きだす。決めなきゃそこで朽ち果てる」について非常に納得したので、これについて今日は話したいと思います。


熱心さに心を動かされる

 

実は先日にヨーロッパ在住の方の個人指導を行いました。

その方は、私のブログを読まれ、それで指導を受けることを決意して日本に来られました。

非常に真摯に稽古に取り組まれるので、こちらとしても何としてももっと分かりやすく指導したいと思うようになりました。

実はブログは会員のために書いているところがあるため、秘すべきところは曖昧に表現しているのですが、他の記事からかなり正確に類推している点からも、僕の書いたブログをかなり読み込まれていたことが類推できました。

僕自身が書いていたにもかかわらず、当の昔に忘れ去っていたことまで指摘するぐらいよく読んでいました。

そこまで、熱心に読んでもらっていると思うと、やはり僕もとてもうれしくなり、何としても遠くから来てもらって、損した気持ちにさせたくないと考えます。

それで、どのように指導するかとかなり考えに考えました。

 


決めればどこかに動きだす

 

実は、僕には日ごろの一般部の指導で苦慮していた技術に「皮膚の合わせ」の技術というのがあります。

皮膚の技術の理論は説明ができるのですが、この技術の応用の「皮膚の合わせ」の技術は、実のところ、詳細には理論的な説明ができませんでした。

ただ技を見せて「こうします」としか説明できず、掛けて見せるしかありませんでした。

そのため、当会の会員は今まで非常に曖昧で、その微妙な動きに対してセンスを鍛えていくしかないというようなものでした。

ですから、いわゆる「感覚です」としか言えないものなのです。

しかし、指導をしていないときにも、「どう教えるか?」というのが頭から離れませんでした。

何とか教えようと四六時中考えていたところ、とても不思議なことですが、今までは自分の中にある感覚としかいえないものだった「皮膚の合わせ」が忽然と形として見えてきて、こうすれば教えられるという理論が浮かびました。

とても出来そうもないと思っていたものでも、「やってみよう」と決意したなら、それが動き出すということです。

僕は、「世界一わかりやすい武道教室」を目指しているのですが、僕にとって大きな経験になりました。

決めればどこかに動きだす。決めなきゃそこで朽ち果てる

 


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【実に合気道の受け難しい】

先日個人指導をした人が、指導者に「取りが上手くできないのは受けの責任」と言われたと言っていました。

私の師匠である井口師範も、「受けが上手いのは、技が上手い証拠」と言っています。

ところが、この2つの言葉は同じに聞えますが、一部は正しいですが、全く違うことでもあります。

今日はこのことについて話したいと思います。


自分勝手に飛んで行っては話にならん!

 

井口師範は、「受けが上手いのは、技が上手い証拠」と良くおっしゃいました。

僕はそれを勘違いして、如何に上手く綺麗に技を魅せられるような受けをしようかと色々と工夫をしました。

井口師範に師事してからまだ日が浅い二年ぐらいのころ、飛び受け身が得意だった僕は、小手返しの指導の際の模範演武の際は師範の演武の相手をさせていただきました。

そんなある日の稽古の際に、井口師範が皆に模範演武を見せるために僕を指名しました。

『あっ、小手返しだな』とピンと来たので、受けの準備が頭の中でできていました。

それで、井口師範が片手を取るように手を出して来たので、僕は如何に綺麗に受け身ができるかだけを考えてすぐさま受け身を取る体勢にはいりました。

「自分勝手に飛んで行ったらあかん。それは武道と違う。気の流れに入らないとあかん」

僕は、井口師範の気の流れに従ったつもりでしたが、気持ちを走らせすぎ、少し動くのが早かったのです。

 

 


正しい受けとは

 

また、ある時、井口師範は次のようなことを言われていました。

「受けは相手の技量に応じて受ける。師の受けをとるなら、全身全霊で師の技を受け取るつもりで受けるもの。でも気の流れを切ると受けが上手くいかず、汚い受けになる。そのさじ加減が技が分かっているかどうかを分ける」

つまり、技量のつたない相手には正しい方向に幹引きながら受け、自分より技量が上の相手には、相手がどのように技を掛けているかを体で感じながら受けるのがよいということでした。

常に冷静で、手前勝手な受けにならず、よく相手を観察しつつ、相手の動向を体で感じながら、しかも綺麗に受ける必要があるということです。

確かに、自分で勝手に飛んでいく受けは、自分主導で、見た目格好良く見えます。特に、アクロバティックな受け身は、取りの技の凄さよりも、受けの凄さに感嘆してしまいます。

しかし、これは人に見せる演武上でのことで、基本は取りの技術を向上させることであり、そのための形稽古なので、取りの技術向上という意識が受けには必要です。

しかし、主体はやはり、取りにあるので受けだけの責任に押し付けると、取り自体の成長につながらないので、非常に問題があるとは思います。

この当たりが受けの難しいところです。

 


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【映像による限界】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今ブログでは、NLP心理学の代表システムである、視覚、聴覚、体感覚の3つのタイプと武道を習得の関係を述べましたが、ここから合気道修行者が注意すべきことが見えてきます。

今回はそのことについて考えていきましょう。

 


合気道の技の肝心なのは感覚

 

井口師範は「投げたり、固めたりは単なる枝葉」とおっしゃいました。

その上で、「呼吸力」「螺旋形」「気の流れ」が大切といわれました。

「呼吸力」「螺旋形」「気の流れ」と言われると、なんだかわかった気がします。

ところが実は気がするだけで、これらはすべて、感覚的な表現だった訳でした。

井口師範に手を取っていただけないとその感覚というのが分からないのです。

いくら目を凝らして見ても、感覚は伝わってはきません。この部分が映像による合気道の技を伝える限界です。

前回視覚タイプの人の話をしましたが、体の感覚として認知できないことが非常に大きいのです。

このことより、師範の演武を見て技を稽古するというのは効率的に見えますが、実は肝心の部分が伝わらないのです。

見ても見えようのない感覚、それが合気道の核であり、本質がそこにあります。

その感覚を一言でたとえるなら合気道の「気」なのです。

 


分かる人に教えてもらう

 

合気道の本質は感覚にあるということが分かると、私たち修行者のすべきことは、当然、その感覚が分かる人に教えてもらう必要があります。

ですから、機会をうかがっては、最も技ができ、感覚のある人から技を受ける必要があるのです。

この感覚というのは、案外、体に残るものです。

僕は幸いにして、井口師範に、手を取っていただく機会があり、体を通して、それらの感覚を体験させていただいていますが、井口師範も野球の天才・長嶋茂雄氏と同様に非常に感覚的なことを言われる人でした。

なので、聴覚タイプの僕には何を言っているのか当時はわかりませんでしたが感覚を体験させていただきました。

でも、その時分からなくても、後になってその時に受けた感覚が蘇ってくるのです。

その結果、僕のように典型的聴覚タイプの論理人間は、感覚から理論へという流れが展開していきました。

具体的いうと、ある時にあの技は感覚ではこういうこと再現ができるようになると、理論が浮かんできたものでした。

このように、合気道を理解する上で、聴覚タイプの人も視覚タイプの人も全く理解できなくとも、まずは体感覚を経験しておく必要があります。その後、体感覚が分かると、視覚化あるいは論理化ができようになってきます。

 

 


 

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【タイプ別の武道の取り組み方】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、前回は人のタイプには、視覚タイプ、聴覚タイプ、体感覚タイプがあるという話をしました。

そして、武道家の殆どが体感覚タイプの人が多いと述べました。

体感覚タイプの人はそういった武道家につくと問題は無いのですが、視覚タイプや聴覚タイプの人達にとって体感覚タイプの指導者につくのは非常にハードになります。

そこで、視覚タイプの人や聴覚タイプの人はどのようなことに注意して指導を受けるべきかという点を述べていきたいと思います。


視覚タイプ

 

先ず、視覚タイプの人で注意しないといけないのは、体感覚タイプの人の言うイメージを鵜呑みにしないということです。

そして、視覚を体感覚に変えるトレーニングを併用する必要があります。

例えば、「折れない腕」という故・藤平光一師範が提唱した技術がありますが、これを行う時のイメージがあり、それをイメージするだけで、力の強い人が腕を折り曲げようとしても「絶対にそれ以上曲がらない」というものです。

このイメージというのは、腕の力を抜いて、掌を開き、あたかも手が水が流れているホースになったように、腕に気がながれ、指先から気が放出されているというものです。

これを体感覚タイプの人が行うと、ほぼ百パーセント「折れない腕」が完成しますが、視覚タイプの人がやると、単なるイメージで終わってしまいます。

その違いは、体感覚タイプの人はイメージするだけで体が勝手に連動して、筋肉や体の構造で強度が増す方に働くからです。

体感覚の人はイメージをすると体が勝手に動くのですが、視覚タイプの人はビジョン化だけにとどまるため体は連動しないのです。

視覚タイプの人は、「気を使うには体の連動が大切である」ということを肝に銘じておく必要があります。

 


聴覚タイプ

 

聴覚タイプの人が、最も体感覚タイプの指導者が苦手とします。

何故なら、聴覚タイプの人は、「何故? どうして?」という理由が必要だからです。

ところが、体感覚タイプの指導者は「理屈はどうでもいい。まず体を動かせ」と指導しますので混乱します。

さらに悪い事には、「気」ということを言われると、「気」を使えば、あのような不思議なことができるのかと思考を停止してしまいます。

体感覚タイプの人は「気」を意識するだけで、体が勝手に反応でしますので、「気」の説明で十分です。

しかし、聴覚タイプの人は、抽象度が高い「気」の概念では、体に反応が起こらないのです。

そのため、「気」は精神と物理を結び付けるものと当会では定義し、抽象度を下げて、物理学、生理学、心理学などで教えています。


 

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【武道と理解のタイプについて】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、僕は現在NLP心理学を勉強していますが、NLP心理学では、物事を理解するのにタイプに合った理解の仕方があるとしています。

ですので、何かを習得する場合、それぞれに合ったやり方をする必要がある訳です。

そして、自分のタイプがわからず、間違ったタイプのやり方でやると、「俺には才能がない」と誤った考えを持ってしまいます。

今回はこのタイプについて話したいと思います。


3つのタイプ

 

NLP心理学では3つのタイプのことを代表システムと呼び、視覚タイプ(V)、聴覚タイプ(A)、体感覚タイプ(K)に分けられます。

人が外部からの情報を取り入れたり、考えたりするときに、五感のいずれかに関連づけて行います。

人それぞれ、五感の中から自分の得手の良い感覚を優先的に使用するため、実は人それぞれ理解の仕方が異なっている訳です。

自分がどのタイプであるかで、武道への取り組み方が異なるためよく自分のタイプを理解しておき、何を重視して武道に取り組むかを検討しておく必要があります。


視覚タイプ

視覚タイプの人は、視覚やビジョンが優先されるため、思考は視覚中心になり、説明はイラストや図や映像など視覚から入ってくるものが多い方が理解がしやくなります。

また、話し方は、ビジョンが浮かんでくるためそれを追いかけるように話すことで、早口の人が多いです。

話し方も、「その話しがよく見えない」など、言葉に対しても視覚に関連する言葉で表現します。

 


聴覚タイプ

聴覚タイプの人は、耳から入ってくる音や声から情報を得るため、相手を見るというより、相手に耳を傾けるような仕草で話を聞くことが多く、論理的でうんちくや理論などを好みます。また独り言が多いのも特徴です。

話す速度は早いと遅いとの丁度中間ぐらいです。

そして、「何を言っているのかわからない」というように聴覚に関連する言葉をよく使います。

 


体感覚タイプ

体感覚タイプの人は、その名の通り、味覚、触覚、嗅覚など体で感じる感覚を中心い情報を理解します。

そのため、視覚情報や聴覚情報が多いと頭が混乱してしまいやすいのが特徴です。

話し方は、体で起こることを再現しながら話すため、遅めに実感を感じながら話します。

表現の仕方は「その話の意味がつかめない」など、体を使うことに関連した言葉が多くなります。

 

武道家の多くは体感覚タイプが多いと思います。そのため、「理屈より体で覚えよ」という教え方が中心になり、理屈をいうことを軽蔑する人が多いと思います。

このように体育会系と言われる人達は、体を使うことに理論を当てはめることを嫌う傾向があるため、伝えたことを体で再現できる体感覚タイプの人に素質を見出すことが多いのです。

 


 

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