井口師範の答え

合気道を修行していると、合気道に対して様々な疑問が浮かんでくると思います。ところが、その疑問を、師匠なり、先輩なりにぶつけてみますと、禅問答のような煙に巻かれたような回答が来ることがよくあると思います。私も井口師範に師事する前は、そうでした。酷いのになると、「素直に、コツコツとしていれば、その内わかる」とか言われることも多々あったように思います。ですから、ちょっと疑問がでても、形稽古を行う上に支障がなければ、質問はできないという感じになっていたように思います。

ところが、合気道への私の疑問に対する井口師範の答えは非常にシンプルでした。確かに、高度すぎて、まったく意味不明の答えもあったのも事実ですが、それでも本物の雰囲気をにおわす独自の答えでした。

例えば、合気道では試合がありません。それどころかスパーリング的な稽古もありません。それで、実際に護身術として使えるようになるかと言う疑問です。そのことに関する模範的な回答として「合気道の理念に反する」ということがあげられます。「理念に反する」といわれますと、納得できなくても「なるほど、そうですか」と返事するしかありません。
しかし、心の中では
『俺は護身術として合気道を習おうと思ったわけで、別に合気道の理念に感動して、賛同したわけじゃないので、どうも納得いかない。それに、護身術として使えるかと理念とは別問題だ』
と私は思ったものでした。

一方、井口師範の回答として「試合とか段取りは虚虚実実のやり取りするので、そんなことにこだわっていたら勝速日は実現できんからあかんのや」ということでした。確かに何のことかよく分かりませんが、深い意味があるのがわかりますし、煙に巻かれた気はしません。

こう答えられたら「勝速日というのはなんですか」と質問ができます。
「勝速日というのは、非常に速いこと。相手の攻撃にさっと合わせるて動くこと。寸部の狂いもなく合わせてしまうこと。そこには、先とか、先先の先とかそんなものはない。だから、虚虚実実のやり取りもなにもないんや」

ここには、私の疑問に対する答えが全てあります。「勝速日を実現する」ことで護身ができると答えており、その獲得のためには試合やスパーリングではできないと言われているのです。

もう少し具体的にお話ししますと、井口師範によれば、相手が攻撃を出そうとする場合、有効なのは、もっとも攻撃しやすい距離に近づいたときの一瞬しかないということです。ある種の攻撃を仕掛ける場合には、その攻撃が出せる間合いというのがあり、それは相手にとって一瞬であり、その一瞬を相手より先に奪えばよいということで、この速さが勝速日ということになるということです。

このように書きますと、「勝速日の実現」というのはかなり難しく、凡人には不可能に思えます。しかし、ご安心ください。当会は普通の人が使える力の要らない護身術を教えています。ですから、一部の才能のある人しか使えない技術の話ではありません。

実は、ある種の心理学的な原理がそこにあります。しかも、ちょっとしたことを意識するだけです。これがわかると「なるほど、これを使おうとすると試合にならない」ということが分かります。これが井口師範の答えです。

ですから、当会の「勝速日の実現」というのは、井口師範のような達人レベルのように完成されたものではありません。それでも、才能のない上、片目が見えない私でさえ、この原理を使って、50歳を越えて、20代、30代の人と対等にスパーリングをやっていますので、その効果は十分証明できていると思います。

こういいますと、「何だ、やっぱり、試合やスパーリングで使っているじゃないか」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、私の相手をした方々は、この「勝速日の秘伝」を知らないのです。だからこそ、私がスパーリングで使えるのです。一方、合気道で、これを使うとなると、お互いが「勝速日の秘伝」を知っていることになりますから、やっぱり試合やスパーリングにはならないのです。

師匠へ感謝

先日、合気道の高段者の方の指導を行いました。

その際に、この方に呼吸法に関連する技術を伝授しておりましたところ、
「前に、気をだすには、手を握っても出ると教えていただきましたが、私が会ったどの合気道の師範も、気を出すには掌を開かないとが出ない、握ってはいけないといっています。そう考えると、合気道歴50年以上の師範や高段者方々でも、皮膚の技術の一部しか使えていないのですね。それに比べると、ここではその上の技術を教えてもらえるのでとてもありがたいです。」と言ってくださいました。

そこまで言うのは、リップサービスが入っているのかもしれませんが、この高段者の方も、井口師範の第2の秘伝の皮膚の技術をまったくご存知ありませんでした。

当たり前のようにお弟子さんたちに伝えている秘伝も、井口師範に教わらなければ、この第2の秘伝の皮膚の技術だけでも、才能のある人ですら、半世紀もかけて研究して、その一部がようやく使えるかどうかだということなんだと、私はここに来て改めて納得しました。

才能がなく、片目が見えのない私が、ジークンドーなどのスパーリングでも、少林寺拳法や空手の高段者の人たちとそこそこ戦えるのは、全て井口師範から頂いた秘伝のお蔭です。今更ながら井口師範に感謝でいっぱいです。

ちなみに、皮膚の技術の初伝に関して言えば、体系化できている現在では、非常に才能のある人に伝えると、半時間もかからずにマスターしてしまいます。皮膚の技術の初伝といいますと、それを用いれば秘伝をしらない人相手に座り技呼吸法を行えば、体重差20kg以内であればほぼ100%転がすことができます。

私は、それを、理解するのにかなりの年月がかかりました。師匠は、野球でいえば長島茂雄さんのような感覚的な説明の人でしたので要領を掴むのに苦労したのも事実ですが、才能が無かったのが一番の原因と思います。それでも、あきらめず十年以上も見捨てずにご指導をいただいたお蔭で、井口師範の4つの秘伝をなんとか私は覚えさせていただけました。

合気道修行者の方は、ご存知と思いますが、道場内では、指導者は個人個人に合わせて秘伝を説明している余裕がありません。その点、私は非常にラッキーでした。帰り道が同じ方角というだけで、井口師範の送迎をしていたからです。お蔭で、井口師範を送迎している間、マンツーマンで様々な秘伝を教えていただける機会を得ることができました。

秘伝には、常識で考えていたら絶対に考え付かず、天才でなければ思いつかない発想があります。ですから、「皮膚の技術の一部しか使えていない」といわれている師範の方は、半世紀という途方もない時間をかけて研究し到達したのです。本当にすごい努力が必要だったと思います。その意味では、やはりその師範の方に敬意を払いたいと思います。

今更ながら、貴重な秘伝を教えていただいて、師匠である故井口師範に感謝の気持ちでいっぱいです。