バランス(重心)を奪う

合気道の投げにおいて、「相手のバランス(重心)を奪う」ことが大切だということは、初心者も含め殆どの合気道修行者が分かっていることです。

ところが、その「相手のバランス(重心)を奪う加減」が問題で、さらにその加減に応じて「どのように奪うか」というと、答えられる修行者は随分と少なくなるのではないでしょうか。

ちなみに、井口師範は、私が「相手のバランスを崩す」と言ったとき、「バランス(重心)を奪う」と言い直されたことがあります。「バランスを崩すというのは、強引に力づくでできるが、バランスを奪うのは微妙なさじ加減が必要」とのことでした。

まあ言葉のニュアンスはここではさほど重要ではありませんが、「微妙なさじ加減」というのはどういうことかと聞きましたところ、「相手に悟られず、安定している状態からぎりぎりバランスが取れている状態にもって行く」のだそうです。

人間は、非常に精妙にバランスを取ることによって、安定して立っています。そして相手に押されたりすると、すぐさまその力に応じて、人はバランスを取ることができます。ですから、無理に相手のバランスを崩そうとしても中々崩れないというのが現状です。

ところが、井口師範の言うように「相手に悟られず」即ち「自覚できないバランスの変化」を起こさせるとどうでしょうか? 自覚できないのであれば、当然ぎりぎりのところまでもっていくのは非常に簡単です。

当会にも、「自覚させずバランスを奪う」方法が、井口師範から伝えられています。それらは、「気」を用いた摩訶不思議な技術ではありません。甚だ科学的な方法です。一つは力学的な方法、二つ目に生理学的な方法、三つ目に心理学的な方法です。

①力学的な方法とは、運動エネルギーを作り、その運動エネルギーを相手に悟られず伝える方法です。
②生理学的な方法は、人の反射を使ったり、生理学的に相手の力が入らない状況を作ったりする方法です。
③心理学的な方法とは、ちょっとした錯覚を相手に与えることによって、心理的にバランスを奪う方法です。

このように書くと、まったくピンとこないと思いますが、これらの技術は実際に手を合わせて、教授しないと中々分からないものですので、もし興味お持ちの人は是非見学においで下さい。

次回は、バランスを奪う理論を映像を交えてご紹介したいと思いますのでお楽しみにしておいてください。

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体格にあった動き

私の身長は179センチあります。私の生徒にとっては、随分大きく見えるようです。

そこで、私の手の動きなども彼らにとっては大きく動いているように見えるようです。ところが、私自身は、まったく無理をしない程度にしか動いていません。

しかし、どうしてもイメージ的に大きく動かしたくなるようです。そうなると、体の動きを手に伝えるという最も大切なことを忘れ、腕や手の筋肉を使って、手をコントロールしてしまいます。

時には、手が伸びきったり、時には腕を極端に曲げてみたりとなります。運動エネルギーを伝えて行くために、自然とそうなるのであればある程度は問題ないのですが、肘が反り返ったり、上腕二頭筋が硬くなるようでは問題があります。

合気道では、常に無理をしていない位置が大切です。師匠は、「腕が伸びすぎると、肘関節を攻撃されたらすぐに折れてしまう。力コブ(上腕二頭筋)が硬くなっているのは、相手に乗られてしまっているから、負けている証拠。何事も八分が大事、伸びすぎず、曲げすぎずがええんや」と言っていました。

無理をした状態にすると、肩関節に無理がでます。すると微妙な感覚を感じることができなくなります。要するに、崩されていても気づかないということになります。

それを師匠は「そこで、気が止まっている」と言っておられました。「気」の考えを用いなくても、脇が開くと、心理学的にも、ある場所に意識が行きますと、他の部位に注意がまわりません。ですから、無理のしない位置を覚えていただく必要があります。

また、初心者の内は無理をしている体勢かどうかというのはわかりませんが、指導者にきっちりとその違いを教わっていると、そのうち、無理しているか無理をしていないかという微妙な判断ができるようになります。

すると、わずかに相手の関節をずらして力を止めてしまうということも出来るようになります。ですから、先ず、「無理をせず、自分が安定しているかどうか」を感じる感性を養っていただくことが大切です。

不思議な夢

最近、前のブログでも書きましたが、当会の上級者に「気」のトレーニングを行い始めています。
といいましても、「気」の全てを私は理解しているわけではありませんので、生理学的に捉えられる側面と心理学的に捉えられる側面に関してのみ指導をしています。摩訶不思議な「気」に関してはもっと専門家の門を叩くことをお薦めしています。

そこで、そのトレーニングの心理学的な面で重要となるのが、井口師範から受けた「天の鳥舟の行」です。これは、元々は盛平翁先生が行っていた古神道の修行法だそうで、所謂「舟漕ぎ運動」と「振魂の行」を交互に行います。

と言いましても、宗教やオカルト的な方向性に行うわけではありません。例えば、両掌を上にして、両手を前に伸ばして、目をつぶり、手に鉄アレーが載っていると想像すると、たいていの人は、手の位置が元の位置より下になります。

このように、イメージの仕方で、人間というのは、自然とコントロールされてしまうわけです。当会では、この心理学的な効果を利用しています。

前置きはここまでにして、不思議な夢ということですが、先日突然、井口先生が夢枕に立って、「いわく、振魂のときの手の組み方がおかしい! ちゃんとせなあかん!」と言うのです。

実は「天の鳥舟の行」を行う際に、「振魂(ふりたま・ふるたま)」という神道の行も行うのが通常ですが、この振魂を行う際に、玉の印という特殊な手の合わせ方を行います。その玉の印がおかしいと言われているのです。

そこで、神道の関係の本をしらべてみるました。すると、やはり間違っていました。そこで、正しい玉の印を組んで行ってみると、掌に心地の良い振動が発生します。今まででも気の感覚化ができていたので、今後かなり期待できそうです。

私は、井口師範に仕えてからずっと、間違った玉の印の組み方をしていたので、正しいと思い込んでいました。ですから、資料をみても何も思わなかったのですが、改めてみて初めて分かったというわけですが、夢は自分の無意識が現われるものと心理学では考えられていますが、自分の思い込みがあると、それは無意識でも同じはずなのですが、それと反対の夢をみたのが、これが霊夢というものかどうかは分かりませんがとても不思議に思いました。

次回、お弟子さんたちに正しい玉の印の結び方を指導しなければと思いました。

気を感じる

当会では、「理」を重視し、あまり「気」ということを生徒さんたちには説明しません。あまりオカルト的な方面に進むと道を誤ってしまう恐れがあるからです。

ところで、私は、井口師範の皮膚感覚の技術と空間感覚の技術を併用して稽古をしていると、手から何かエネルギーが出ているのを感じることがよくあります。この感じは、私独自のものだと思っていましたら、そうではないようです。

先日、合気道修行者の方の個人稽古を行いました。この方は「気」なんてまやかしかインチキと思っておられましたが、突然、「気」を感じ、非常に驚かれました。

この方に、皮膚感覚の稽古を行った後、空間感覚の稽古を行い、その後、皮膚の感覚を敏感にするための稽古を行いました。それはつぎのようなやり方でした。

この方に、右手と左手を離して向かい合わせて、掌に意識を集めさせました。
「私の掌の温度が感じますか?」
と、手と手の間の空間に掌を突っ込んだところ、
「暖かさもかんじますが、何かフワフワしたものを感じます」
と、合気道修行者は言いいました。
私が掌を抜いて、
「今度は、自分の熱を感じてください」
と、言うと
「何ですか? この感覚。手から何かが出てきます。こんな感覚、今までに感じたことがありません。一体何なのですか? この感覚は?」
と、言いました。
「それが『気』です」
と、私は答えました。そして、ついでに「気」を使った治療法の初伝を伝えておきました。尚、「気」を使った治療は、効果が出る人と出ない人がいるので、万人向けではないのですが、「気」を感じる人には非常に有効ですので、この方も役に立つときがあるかもしれません。

井口師範の伝えた方法を忠実にやっていると、このように、「気」を信じない方でも、「気」が出てしまいます。

井口師範は、私の「気とはどんなものですか?」と言う質問に
「感じようと思って感じるのは不自然、自然に感じてしまう。それがいい。それまでは僕の言うことをしっかりやっておればいい」
と、言っておりました。
私は、どこかで、「気」というのは「自己暗示の一種で、無いものを脳が作り出して感じているのではないか」という思いがどこかにありました。というのは、私は、気功法をやっており、気功法では、意識して「気」を感じるものでしたので、このように、「『気』を自然に感じる」という事実に今回大変驚き、やっぱり井口師範は凄いと思いました。

合気道の当て身の原理

以前、合気道の当て身の原理を題材に書いた小説があると、中国拳法修行者の個人指導時にお話しましたところ、是非読んでみたいとおっしゃいましたので、ブログにアップしたいと思います。多分文庫本でいえば23ページ分の内容になります。ご興味のある人は読んでくださればと思います。

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 俺は、今日、入学式を迎えたばかりの高校一年の八雲健(いずもけん)だ。今、俺は、入学式を終えてすぐに、とある合気道の道場にお邪魔している。

ことのなりゆきはこうだ。
 今朝、学校に行く途中、上級生の不良グループ5人に突然囲まれ、恐喝されそうになった。そのとき、突如として現われた関西弁を話す美少女・祝結姫(イワイユウキ)が、一人でその不良どもに戦いを挑み、乱闘となり、あっという間に全員を一掃してしまった。結果として、俺はその結姫に助けられたことになった。さらに偶然の悪戯か、体育館に張り出されたクラス決めの張り紙で、俺と彼女が同じクラスであることが判明し、しかも出席番号順での席で、彼女が隣となり、その際、彼女に、
「なあ、健、朝の貸し、今日、返してもらうでー。ええな」
と、声を掛けられ、半ば強制的に連れてこられたのが、この道場だ。

 ここの道場主である師範は、25歳の若いとても綺麗な冗談の好きな独身女性で、結姫とは親戚の間柄だそうだ。この道場は3階建ての建物で、3階が師範の住居となっていて、そこの一角に、結姫が下宿している一室がある。

 師範は、俺が道場に到着してすぐに用事ができ、外出した。師範に挨拶したとき「以前俺が合気道をしたことがある」と口を滑らせてしまったのを聞いた結姫に、俺は、稽古の相手をさせられるはめになり、小一時間ほど稽古に付き合い、くたくたになって、今、彼女の部屋でコーヒーをご馳走になりながら休憩していたところだ。

 すげー美人と、しかも彼女の部屋で二人きりという、シチュエーション的には男なら誰もがうらやむ状況ではあるはずだが、今朝の不良と乱闘で、大きな男たちをことごとく叩き伸ばした段違いの彼女の強さを見た上、散々合気道の稽古で力量差を思い知らされた俺にとっては、彼女は、もはや恋愛の対象からは程遠い存在になっていた。

 俺は、さっきまでの合気道の稽古の相手で随分とくたびれていたが、コーヒーを飲み、少し休憩し、今ちょうど一心地着いたところだった。
トントン。
 ドアをノックする音がした。
「はーい」
「今、帰ってきたわよ。入るけどいい?」
と、返事を待たずに、師範がドアを開けて入ってきた。
「あっ、お帰りなさい。師範」
と、結姫が挨拶した。
「お帰りなさい」
と、俺も続いて言った。

師範は、結姫の部屋に入ると、まっすぐコーヒーメーカのところに行き、勝手に戸棚のコーヒーカップをとってコーヒーを注いでいる。そしてどういうわけか鼻を鳴らしている
クン、クン、クン。
「師範、何してはりますの」
「今、コーヒー入れてるの」
「そんなもん見たらわかりますがな。そうやなくて、何で、ニタニタしながら、鼻鳴らしてますのや?」
「いえねー、結姫ちゃん、プライベートの部屋に、かわいい男の子を引き込んじゃっているでしょ。何やってるのかなあって思って」

「っで。そのクンクンって何?」
「結姫ちゃん、男の子にいかがわしい遊びを強要していないかなって思って。チョッと男の子の匂いが残ってないかとね」
「そのいかがわしい遊びって何? 男の子の匂いって何?」
「あら、結姫ちゃん、変なこと聞くわね。わかっていて聞いてるわね?」
「ちゅうか、ウチがなんでいかがわしい遊びなどせなあかんねん。しかも、会って間のない男と、そんな関係になるわけあるかいな。しかも、ウチこの前まで中学生やったんやで……」

「あら、結姫ちゃん、あなた、中学生どころか、幼稚園のときに、男の子に強要して医者さんごっこをして、お互いパンツまで下げあっていたくせに……」
「んな、小さいころのこと、全然覚えてへんし、そんな身に覚えのない話されても困るわ!」
「困るわじゃないの。結姫ちゃんのエッチは生まれつきで、天然ってことよ」
「何が天然やねん。単に言いがかりつけてるだけやろ!」

「あら、それだけで言ってると思っているの? それ以外にも結姫ちゃんのエッチな本性を示す証拠があるのよ」
「何がエッチな本性や! ホンなら証拠てどこにあるのか言うてほしいわ」
師範は、ニコッとして、結姫の本棚を指差した。
「そこ!」
師範の指の先には、いま中高生の少女たちに大人気の恋愛小説のシリーズが並んであった。これは俺の姉貴もはまってるので、そんな小説に興味のない俺ですら知っている。

『まさか、あれは表紙だけで、その下は実は別の本?』
と、俺が思った瞬間、
「その本のどこがエロいんや。少女の恋のロマンスを書いてるだけやろ。十代の女の子に今すごく人気のあるシリーズや。皆読んでるこの本のどこがエロいんや?」
と、結姫が師範に言った。

「そう、問題はそこなのよ! 恋愛小説って、要は性欲に目覚めた思春期の女が、男のことばかり考えている話のことでしょ? そんなエッチな本をこんなにも沢山読んで……」
「何でやねん。そんなこと考える師範こそエロいがな。今時の小学生の少女向け漫画でも似たようなことを書いてあるし。とにかくや、一度でもええから読んでみー、エロ無いのがわかるわ」

「あら、何言ってんの? そこが問題だっていっているのよ。エッチな行為をこと細かく書かれていたら、天然エッチの結姫ちゃんの想像の余地がなくなるじゃない。だけれど、中途半端な恋愛話で終わっちゃうと、その後のことをいろいろ妄想する余地がありすぎるわ」

「何でやねん。そんな後のことを色々と想像するマニアックな女子高生がどこにおるねん? もし、おったら一度会ってみたいわ」

「あら、知らないの? あなたが、よく本を貸す爽やかスポーツ少女の恵子ちゃん。このシリーズのお話は、読み終わってから、主人公の女と男が何をするかを想像するのがいいんですって。恵子ちゃん時々ボーッとしているときあるでしょ。そのときそういうことを考えているんだって」

「け、恵子さんって、そういう趣味の持ち主やったんか。ただの爽やかスポーツ少女やと思っていたのに……」

「でもね、まだ恵子ちゃんはいいのよ。単に想像するだけだから。でもね、結姫ちゃんは、違うわ。男の子を、もう自分の部屋につれこんでいるわ。幼稚園のときのように。恐ろしい実行力ね」
「何でやねん。コーヒー飲むのに、廊下で飲めっていう訳にはいかんやろ」
「健君、気をつけてね。健君みたいな大人しい幼気な男の子に、思わず野生の本能むき出しにして襲うかもしれないわ」

「するかい、そんなこと! 第一、師範が想像してるようなこと、男がその気にならんとできやんやろ? それより、師範、そろそろ稽古始まる時間とちゃうんか」
「そうね、そろそろ稽古時間だから、準備しようか」

俺は、先ほど体操服に着替えていたので、彼女たちがそれぞれ部屋ので合気道着に着替えるのを待った。
そして、3人そろって道場に降りて行くと、中年の女性、OL風の女性、女子大生・女子高生風の人など、十数人が道着を着て始まりを待っていた。なんと全て女性だ。

稽古開始時刻がやってきた。師範の一声で、稽古が始まった。
「では、始めます。今日は、特別に一般部の皆さんに秘伝の当て身の稽古の許可が出ましたので、すべての人に伝授します。隣の部屋に移動してください。あっそれから、この男の子は健君です。かわいい顔してるでしょ。結姫ちゃんのボーイフレンド、兼、我道場のマスコットボーイになる予定の男の子です」

「出雲 健です。今日は見学の予定が急きょ体験させていただくことになりました。女性ばかりの中で、お邪魔とは思いますが、どうかよろしくお願いします」
「みなさん、これからずっと可愛がってあげてくださいね。可愛がるっていっても、まだ純情な箱入り息子さんだから、あまり過激なことをしないでね。抱擁(ハグ)までなら許しますが、キスはやめてくださいね」
と、師範がニコニコしながら言う。

「って、知らん男に、誰が、いきなりハグしたり、キスしたりする人がおるねん」
と、結姫が、師範にツッコミを入れた。その次の瞬間だった。俺のすぐ隣にいた少し色っぽいお姉さんという感じのきれいな女性が、いきなり、俺に抱きついて、挨拶を始めた。
「私、斎藤由里、二十三歳。ホステスしてるの、よろしくね。あなたかわいい顔してるから、私のこと由里と呼んでいいわ」
と、耳元で色っぽく囁く。
「よ、よろしくお願いします……」
と、俺は、突然の出来事で硬直して、動揺して動けなくなったままで答えた。

「って、斎藤さん、ええ大人が、何で、突然、まだ中学卒業したばかりの男子高校生に抱きついてはるんですか?」
と、いう結姫に対して、斎藤さんは、俺に抱きついたままで、
「だって~。師範がハグまでならいいっていったじゃない。あら、御免なさいね。あなたの彼氏だったわね」
「いいえ、只のクラスメイトやけど」

と、即答する結姫に、
「じゃあ、キスしてもいい?」
と、言って、斎藤さんは、俺の頭を後ろから押さえて、ゆっくりと唇を近付けてきた。

俺はこの非常識な事態に完全に混乱していたせいもあるが、逆らえないのは、このナヨナヨとした女性は思った以上に力が強いからだ。後で思い返してみたら、この人に逆らおうとしても力が入らないと言ったほうが適切だったかもしれないが、そのときは、力で負かされたと感じていた。

もう少しで、俺のファーストキッスが奪われそうになった。そのとき、結姫が、掌を俺と斉藤さんの間に割り込ませ
「それは師範が、禁止していると言ったはずですが……」
と、間一髪というところで制した。

「しかたがないわね。今日はこのぐらいにしといてあげるわ」
と、言って、斎藤さんは俺を解放してくれた。
「はい、はい。斎藤さんも純情な少年少女をおちょくっていないで、稽古しましょうね」
「はーい、わかりました。でも、これから本当に楽・し・み!」
と、俺にウインクして斎藤さんが言っているその横で、スポーツ少女の恵子さんが、結姫と俺を交互に見てから、何か夢心地のような顔をしてから、ニヤッっとして宙を見上げている。
「あら、恵子さんどうしたの」
と、師範が尋ねた。

「結姫ちゃんと、健くん、あんなことや、こんなことをやっているのかなーって」
と、相変わらず夢心地でいう恵子さん。
「あんなこともこんなこともあれへんわ。今朝会うたばかりや。只のクラスメートや。恵子さん、頼むさかいそれ以上、変な想像をせんとってんか。それ以上は、あそこにいる師範がいい。美人やし、大きな胸してるし、十分想像して楽しめるで~」
と、結姫が、恵子さんに言うと、師範は、にっこりとほほ笑んで、恵子さんに言った。
「そうそう、恵子さん。結姫ちゃんと健くんは今朝会ったばかりだけれど、今日、私が1時間ほど留守している間に、結姫ちゃん、もう自分の部屋に健くんを連れ込んでいたのよ。でも、『その一時間ばかりの間何があったのかな?』なんて絶対に想像してはいけないわよ」

「ちょっ、師範! 頼むさかい、恵子さんの想像力をかきたてるような言い方はやめて!」
と、結姫が言っていると、恵子さんは、両頬に手を当て、とてもうれしそうな顔をして叫んだ。
「結姫ちゃん、キャー、エッチ!」
「恵子さん、ウチら何もしてないって!」
と、結姫がいうと、師範が
「じゃあ、雑談はこれぐらいにして、さあ、稽古しましょうか」
と、言って、道場の後ろの左端にある小さなドアの方にみんなを案内した。

その中に、入ってみると、そこは、三十帖ほどの部屋になっていた。そして、中には俺の腰より20センチぐらい低い高さの作業机が多数壁に向かって並べられていて、それぞれの作業机の上には、丈夫そうな金属製の架台が置かれ、その架台に皮で作られた土嚢ぐらいの大きさの重そうな袋がつりさげられている。
俺には初めて見るものだ。

「あら、健君、何不思議そうに見ているの。これ、何だかわからないって顔ね。これね、空手の人たちが脛を鍛えるのに使う砂袋なの。一つの袋に四〇キロの砂が入っているのよ。でもウチでは蹴りはあまり使わないの。それでね、手で突けるように台においてあるって訳なの。一度叩いてみる?」
「はい、じゃあ、叩いてみます」
「あっ、ちょっと待って! そうね素人の健君だと、手の骨が折れるかも知れないから、そこにグローブあるでしょ。それをはめてから軽く叩いてみて!」
俺は、すぐさまグローブをはめると、殴る構えをした。
「健君、初めはあまり、強く叩かないでね。手首おれちゃうといけないから。ちょっと軽く試して、大丈夫そうだったら少し強く叩いていいわ」

俺は砂袋というものを叩くのは初めだ。あまり強く叩くなといわれても、女性ばかりたくさん見ている中、はい、そうですかと小学生が叩くようにチョコンと当てるわけにもいかないだろうと考え、若干力を込めて、パンチを叩き込んだ。
パーンと音が響いて、ギシギシいいながら砂袋が僅かに揺れた。若干、衝撃が手首にもどり痛みが走ったが、わずかに揺れている砂袋を見て
『いい音がするもんだな』
と、俺は軽く悦に入った。

「はーい、みなさん。これが普通の男の子のパンチのやり方ですね。いい音が響きましたね。だから、こんなパンチで叩かれればかなり痛いです。でも、秘伝の当て身だと、非力な乙女が叩いても、もっと悲惨なことになります。私がやってみますのでよく見ててくださいね」
師範は、涼しい顔をして、そんなに力を入れた様子もなく、砂袋を叩いた。
バン、バーン
と連続した破裂音が聞こえた。師範に叩かれた砂袋が大きく振れ、後ろの壁にぶち当たったのだ。最初のバンという音が師範が砂袋を叩いた音で、後のバーンという音が砂袋が壁にぶち当たった音のようだ。
ミシミシミシミシミシミシ……
とまだ、音を立てて前後に大きく揺れている。さすがに、これを見た俺はぶったまげた。

師範は、身長162、3センチというところで、痩せ型だ。なので、俺にくらべたら体重もずっと少ないだろう。胸が大きいと言っても俺との体重差には、さして影響ないだろう。どこにそういう力が隠されているのか俺は不思議でならなかった。
「はーい、これが合気道の当て身です。今までは、黒帯の人にしか教えなかったのですが、今回から、一般の部の全員に教えることになりました。健君、驚いたでしょ。私のこと、女っぽくないって思ったんじゃない?」
「いいえ、師範の突きはとても素敵でした。でも、どうして、俺の突きとこんなに差があるんですか。俺がグローブをしてるからですか?」
と、俺は聞いた。

「あら、グローブなんて関係ないのよ。ほんのコツがわかれば誰だってできることよ。ただ砂袋って固いのよ。素人の人が砂袋を叩くと、骨折の危険があるの。だから、健くんの手を傷めないようにはめてもらっただけ、チョッと今つけているグローブ貸してもらえる?」
今度は師範がグローブをはめて打った。
バンバーン
と大きく響き、砂袋は後ろの壁に激突し、と音をたてて
ミシミシミシミシミシミシ……
前後に大きく揺れている。
結局グローブをしてもしなくても結果は同じだった。

「ね、わかった? でもね、これって、ちょっとした、コツがあるだけなのよ。合気道ではそれを秘伝といっているのだけれど。武道には『理』が必ずあるのよ。そこをおさえなきゃいけないってこと」
「秘伝の『理』ですか?」
「ええ、そうよ。じゃあ、これからその秘伝を教えますね。ところで、私のパンチを見たあとだと、健くんのパンチは大したことがないと思った人もいると思いますが、これをまともに食らったら、普通の女性なら怪我します。なので、普通の男性のパンチも舐めてかかると大変なことになるので十分注意しましょう。」

「師範、そんな前置きはええから、早よ、稽古しよ。普通の男のパンチなんかどうでもええから」
と、結姫が言うと、すかさず、美人ホステス斎藤さんは、
「結姫ちゃん、そんなにやる気満々でせっかちだと、男の人は引いちゃうわ。女はね。演技でもいいから、ちょっと恥じらいがあった方が男の人は燃えるのよ」

「って、斎藤さん、一体何の話をしてはるん? 話しややこしくなるだけやで」
と、結姫が言うと、師範が
「うん、そうね」
と、結姫に同意したかと思ったら、
「斎藤さんの言うとおりよ。結姫ちゃん、折角彼氏つれてきてるんだから、やりたいって態度に出すのはちょっとね。もう少し我慢しなくちゃ」
と、言う。

「何が我慢やねん。あんたらのエロ話しはもうええちゅうねん!」
と、言うと、結姫は、前にあった砂袋に思い切りパンチを叩き込んだ。
バンバーン。
ミシミシミシミシミシミシミシ…。
と、不気味に砂袋が揺れる。
「怖え~!」
と、すぐ目の前で見た当身の迫力に、思わず俺は声をもらしてしまった。
「何でやねん。師範の方が威力あるのに、師範がやると素敵で、ウチがやると何で怖えーなんよ!」
と、結姫が俺を睨んだ。

「あらあら、結姫ちゃん。健君の言う通りよ。威力はあるけど、顔が怖すぎるなのよ。ちょっと表情に出しすぎね」
と、師範が言うと、すかさず斎藤さんが、
「本当。女の子があまりやりたいやりたいって露骨に表情に出しちゃうと、男の子は引いちゃうのよ」
「だ・か・ら、もう斎藤さんの怪しいアドバイスはよろしいって」

「本当に、結姫ちゃんの当て身は威力がありすぎて怖いほどですね。では、みなさん、健君と、結姫ちゃんの違いはどこにあるでしょうか」
と、師範が皆にたずねると、それに答えて斎藤さんが
「見た目、打ち方が少し違うというのはわかるのですが、どこと言われると見当がつきませーん。強いて言うなら、結姫ちゃんの方が、お尻がプリプリとしちゃって、少しセクシーって感じでーす」
「それ、関係あれへんがな」
と、結姫がぼそっというと、師範は
「そうですね。斎藤さん、いいところに目をつけられましたね。結姫ちゃんのお尻が大きなポイントなのですね」

「何でやねん。そんなもん何も関係あれへんがな!」
「そうそう、結姫ちゃんのお尻と言えば、結姫ちゃん脱ぐと、色白のお尻がとてもキュートでかわいいのよ」
「もう、ええちゅうねん。それに、だんだんと変な方向に話がずれてるんですけど……」
と、結姫が口を挟んだ。
「あら、お尻の話は全然ずれていないのよ。折角、ついでだから結姫ちゃんのお尻が綺麗だって自慢してあげているのに……。それにね、当て身は、お尻が、大切なポイントだから言わないわけにはいかないの」
「誰もそんな自慢してほしいないわ! 何が大切なポイントやねん。そんな訳の分からん理屈はええねん!」
と、言う結姫を横目で、師範は話を続けた。
「まあ、その大切なポイントをいう前に、先ずは、合気道の当て身は、よい投げにもつながるていうことをよく覚えておいてくださいね。で、これから当て身の基本について詳しく説明しますね」
「はーい」
と、全員が返事した。

「先ず、当て身の動作を分解しますと、『起こり』と『伝達』という2つに分かれます。起こりは、力の起こし方です。伝達とは、その力の伝え方です」
と、説明する師範の声に応じて、映像では説明文が表示されている。
「うちの合気道では、起こりは第一式から四式の4種類あります。また、伝達には陽と陰があります。今回は、基本となる第一式の起こりと陽の伝達を教えますが、違いを理解していただくために、まず、結姫ちゃんに、当身の第一式の陽と陰、二式の陽をやってもらいます」

「結姫ちゃん、まずは、第一式の陽で、突いて」
「はい」
バンバーン。ミシミシミシミシミシミシ……。
「体の重みが前に移動する当て身です。ウチでは、単に当て身という場合この方法をさします」

「結姫ちゃん、次、第一式の陰で、突いて」
「はい」
バンバーン。ミシミシミシミシミシ……。
お尻が極端に後方に引かれた変わったパンチだ。
「体の重みが打ち出す方向と反対に移動する当て身です。これは、通常、瞬間に力を生み出す必要のあるときに使います」

「結姫ちゃん、次、第二式の陽で、突いて」
「はい」
バンバーン。ミシミシミシミシミシ……。
「第二式は、腰が回転する当て身です。一式と二式を見ると違いがはっきりとわかりますね」

「はい、健くんのパンチと結姫ちゃんのパンチですが、実は映像に撮っています。はい、これに注目!」
師範の手には知らない間にリモコンが握られていて、スイッチを押すと、ウィーンという音とともに、天井の一部が開き、そこから超大型液晶ディスプレイが降りてきた。

「はい、画面を見てください。はい、スロー再生をします。先ず最初に健君のパンチを見ていただきます。健君のパンチですが、足を踏ん張って、力を込めて素早くパンチをだしています。腰と手が同時に出ていますね。腰は少し回転しているけど、ほとんど腰の位置が変わっていませんね。一方、結姫ちゃんはというと、はい、結姫ちゃんのキュートなお尻に注目。ほら、斎藤さんのご指摘のとおり、結姫ちゃんのお尻がいやらしく前方に動いていますね。でも、手の位置は、移動していません。そしておもむろに手が出ています」
「どう見ても、いやらしくなんか動いてへんし……。上半身も同時に動いていて、お尻だけ動いてるんちゃうやん」
と、結姫が、ぼそっと小声で抗議する。

「あら、私の目から見たら、結姫ちゃんのお尻は、めちゃくちゃいやらしく動いているわ。じゃあ、皆さん、どうして結姫ちゃんのお尻がそんなにいやらしいのか説明していきますね」
「もう、ええちゅうねん! その言い方だと、うちはお尻だけ振っているように聞こえて、こんなにするんかと、皆誤解するやろ」
と、言いながら、結姫がお尻を振って当て身の動作を行った。
すると、すかさず、斎藤さんが
「まあ、結姫ちゃん、そのお尻の振り方って、すごく卑猥ね。好奇心旺盛な年頃だからそういう世界に興味もつのもしかたがないのだけど、今は我慢して、一人っきりでいるときにね。アッハーン」
と、言って、内股気味で、トイレを我慢してモジモジしている仕草をしている。

「はい、はい、斎藤さんの怪しいアドバイスは、もうよろしいです」
と、結姫が言っているそばから、恵子さんはまた上空を見上げてうっとりとしている。
「恵子さん、変な想像はええから……」
 
「さて、では、説明を先にすすめましょうね。実はね。結姫ちゃんが今卑猥に振ったお尻には、骨盤という骨が入っているのね。その骨盤にはね、内臓とかいろいろと載せているの。て言うことは、結姫ちゃんの殆んどの体の重みを骨盤に載せてるってことなの。だから、今結姫ちゃんが今行ったような卑猥なお尻の使い方だと重みはあまり載っていないのだけれど、正しい動作で突いたときの動きでは、頭や体を載せた結姫ちゃんの重いお尻が一気に移動しているの。だから、そのとき大きな運動エネルギーが起こるの。……あれ? 突然、恵子ちゃんどうしたの?」

「師範、あたしスポーツ馬鹿だから、そんな運動エネルギーなんて言葉聞いただけで、訳が分からなくなっちゃうんです。中学校のとき理科で落ちこぼれちゃったから。もう少し分りやすい表現にしてもらえますか」
と、突然、眉間にシワを寄せて、ヒョットコみたいな顔をしていた恵子さんが口を開いた。
「あら、じゃあ、表現を変えますね。恵子さん、でも、上半身すべてを載せた結姫ちゃんのお尻は重いってことは分ってもらえましたね」
「はい。それに、結姫ちゃんのお尻はとてもエッチだってこともわかりました」
「恵子さん、それはええねん!」

師範は恵子の言葉に答えてさらに、説明を続ける。
「じゃあ、ボールで例えて説明しますね。プロ野球の試合で時速150キロとかよく聞きますよね。だから、軟式テニスのボールが時速三〇キロで飛んできても大したことはないのは皆さん分かりますよね?」
「はい、そんな遅いボールだったら、子供でも片手で簡単に受けることができます」
 得意分野の話になると、恵子さんは急に元気になる。
「ところが、結姫ちゃんの体重と同じ重さの鉄の球が時速三〇キロで飛んできたとしたらどうしますか? ちなみに女子用の砲丸投げの玉の重さは4キロなんですね」
「そんなのが当たると大怪我しますから、あたしだったら逃げます」
「そうね、恵子ちゃん賢い選択ね。実はこれと同じ原理が結姫ちゃんのパンチに働いているの。健君のパンチが腕力と手の重さだけのパンチとしたら、結姫ちゃんのパンチは一見は手だけの重さに見えて、実は結姫ちゃんがいやらしくお尻を動かしているので、体の重さも加わわっているのね」

「だからお尻だけやないちゅうねん。それにいやらしくちゅうのも余計や。それから、本部では、尻じゃなく、腹とか腰とかで説明してるで。体全体が移動せなあかん。変な説明したら皆誤解するからあかんって」
「結姫ちゃん、何言ってるの? 腹とか腰とか言うと、私の経験から、皆、誤解するのよ。かといって、体全体というと、体を前のめりに動かすのよ。だから、お尻で体を運ぶというのが一番正しい言い方なの。それに結姫ちゃんのお尻はとてもいやらしいっていうのは紛れもない事実でしょ? だって、ただのパンチに見せかけて、実はその前に相手に分からなくお尻を使って加速しているなんて、何も知らない相手からすると、めちゃくちゃいやらしいやり方だと思うんじゃない?」
と、師範がいうと、その声に答えて斎藤さんは
「はい、そうです。結姫ちゃんのお尻は、ものすっごくいやらしくでーす」

「斎藤さん、もうええから! 動いてるのはお尻だけじゃなく、体全体やから」
 と、結姫が言っているそばから、恵子さんが夢見る眼差しでつぶやいた。
「あたしは、これから先、いやらしくお尻を振った結姫ちゃんが、健くんとどんなことをするのかなーって考えるのがこれから楽しみになりそうです」
「だから、恵子さん、稽古の最中なにゃから、頼むさかい、もう、ウチについてそれ以上変な想像せんといて……」
「分かったわ、後でじっくりと想像するわ」
「いや、もう一生せんでもええ。」

師範の説明は結姫が言うように珍説であったが、確かに的を射ていると思った。
俺が、以前やっていた合気道では、ある先生は「腰が大事」と言い、またある先生は「腹が大事」と言っていた。だから、言うことがまちまちで俺にはさっぱり理解できなかった。だが腹も腰も、結局は胴体全体のことと考えれば納得いく。しかも、師範の珍説の「尻を使う」と言う表現が、今までの謎を全て解いてくれた。

「健くん、初めは手の力を抜いて、肘の力を抜くことを意識して、肘を少し曲げて、体を前に移動することを考えるの。そして体が前に出た瞬間、肘を意識して、肘でパンチを運ぶように押し出す感じで突き出すのよ」
バーン
 少し揺れが大きくなったように思えた。それに手がまったく痛くない。このやり方だと手首に負担がまったく掛からない。
「そう、その調子ね。あのもう少し上半身が柔らかくて、慌てすに動けばもう少し威力あがるわよ。飽くまでも手は遅れて出るっていう感じ!」
バーン。ミシミシ。
 わずかに、砂袋は揺れた。
「そうね。随分良くなったわ。健くんは、体を加速したら慌てて伝えてるって感じがするわ。伝わるタイミングをもう少し待たなきゃ」
「はい」
バーン。ミシミシミシ。
 少し、揺れが大きくなったようだ。
「そう。そのイメージね」

俺たちは、当て身の稽古をしばらく行った。随分熱中したように思うが、どれぐらい時間が経過したのか分からなかった。短いと言えば短いし、長いと言えば長かった。だが、少しずつ、当て身のやり方が分かってきた。
そして、次の当身を入れようとしたとき、思わず俺は体の力が抜け、余りにも軽く砂袋を叩いてしまった。
『あっ、失敗した』
 と、思った刹那
バンバーン。ミシミシミシミシミシ……
あのびくともしなかった砂袋が、後ろの壁に激突したのだ。さっきまで、揺れるのがやっとで、壁まで全く届かなかったのに、突然、砂袋は壁に激突した。
「そう、その呼吸よ」
と、師範の声が飛んできた。
『やっとできた。俺にも……』
確かに、結姫や師範に比べるとまだまだだが、それでも砂袋がようやく壁に激突した。うまくいった喜びが体いっぱいに広がった。

次の当て身もやっぱり砂袋が壁に激突した。ようやく呼吸がのみこめたようだ。
ふと気がつくと、周りの人たちの一部も壁に激突させていた。
「あら、私もできちゃったわ」
と、美人ホステスの斎藤さんがほくそ笑んでいる。俺と目が合うと
「健くん! もし私が、強くなりすぎて、彼に嫌われたら、結姫ちゃんに内緒で、私の相手もしてね。こう見えても、私、夜のテクニックはすごいのよ」
と、俺にウインクをしている。
 俺は、とりあえず無視して、また砂袋を叩いた。
バンバーン。ミシミシミシミシ……。

「あら、当身の稽古で、時間をちょっと使いすぎちゃったわね。今日は、もう時間がないので、四方投げの稽古だけを軽く流しますので、すぐに部屋を移動してください」
と、師範が言うと、すぐに全員がもといた道場に移動を始めた。結姫は俺を見て、ニコッと微笑んで、道場の方に戻っていった。
「じゃあ、時間がありませんので、これから見本を見せますが、今回は、理など気にせず自由に四方投げの稽古をしてください」
と、言って、結姫を相手に演武を見せた。
ここの稽古でもやっぱり、やっている投技は、俺が習った合気道と同じであった。
「何だ。これなら大丈夫。俺でもできる」
と、思った。

「健くん、私の相手してもらえる?」
と、気が付くと、美人ホステスの斎藤さんが、ぺたりと俺の右腕に豊満な胸を寄せながら、俺に寄り添っている。周りを見ると、もう既に皆は稽古の相手が決まっていて、残るは、俺と斉藤さんだけになっている。さっきキスされそうになったトラウマがまだ残っているがもう遅い。仕方がない。俺は覚悟を決めて、
「はい、お願いします」
と、言った。

俺が、かつて合気道をしていたとき、投げる人が自ら投げられやすいように動いて協力をするように指導されていた。だから、ここでも俺はそのように動いた。
「健くん。ダメよ、私を女だと思って、遠慮していたら稽古にならないわ。もっとしっかり持ってもらえない? そうじゃないと、唇奪っちゃうぞ!」
 と、俺を抱擁する手つきをしつつ、斎藤さんは俺に寄って来た。
 それを見て焦った俺は、すぐさま彼女の手首をつかみ、渾身の力を振り絞って握りしめた。俺の常識では絶対に技にかからないはずだった。
「いいわ。そのきつい握りっぷり、私、感じてしまいそう。いやーん」
と、言ったかと思うと、俺は完璧に切り崩され、投げられていた。
バーン!
と、俺のとった受身が道場内に響いた。

斉藤さんはまだ白帯だったので、あまりの技の切れに俺は驚いた。
『これは何かの間違いではないか』と思った俺は、再度、斉藤さんの腕を思い切りつかんだ。が、やっぱりあっさりと崩され投げられてしまった。俺の方はというと、斎藤さんは遠慮してわざと技にかかってくれているようだ。俺は、何度も何度も彼女に挑んだが、すべて、ことごとく崩され投げられてしまった。何度も、投げられている内に、俺は分かってきた。斎藤さんのパワーがすごいのでなく、俺の力がいつの間にか抜かれているということを……

『武道というものには「理」が必ずあるのよ。そこをおさえなきゃいけないのよ。』
俺は、当身の稽古のとき師範の言ったことを思い出していた。俺は、この不思議な合気道道場に是非通いたい気持ちになっていた。

技の深化

当会で学んでいる合気道の修行者の方が、面白いことを言っていたのでちょっとブログに書かせていただきます。

その方が、最近、座り技呼吸法を行うと、そんなに強く技をかけたつもりがないのに、相手が後方に吹っ飛ぶようなことが頻繁に起こるそうです。初心者が相手の場合、相当な手加減をしても、やっぱり後方に吹っ飛ぶそうです。

これを聞いて、どんな武道の本であったか忘れたのだけれど、以前読んだある本で、「気」が分かり始めたときに、相手が突然吹っ飛び出したと書いていたのを思い出しました。

しかし、この方が「気」を理解し始めた訳ではありません。実は、この方はどちらかというと「気」について懐疑的です。飽くまでも、井口師範の秘伝である骨の技術と皮膚の技術が身について、技が深くなって、無意識に体から出ているだけです。

現在、ご本人は、まだまだご自分の技術に自信を持っておられません。自信が持てないのは、投げ技で思うように掛からないからです。

実は、投げ技は、骨の技術と皮膚の技術を使って掛ける場合に注意点があります。それは3次元の要素(x軸・y軸・z軸)で相手をとらえて技を掛ける必要があるということです。さらに具体的に言いますと、各投げ技の特性を十分理解し、「いつ・どこでz軸である下方向に力を与えてやるか?」ということが重要な問題になります。要するに「相手を倒すには相手を落としてやる必要がある」のです。

よくある悪い例としては、「一生懸命に横に引っ張る」ような動作で倒そうとしてしまうことにあります。相手を倒すには、下の方向に力(運動エネルギー)を加える必要があります(参考動画)。そして、3次元でとらえた角度などがわかってくると、座り技呼吸方と同じことが起こるようになります。

その際、合気道修行者は非常に慎重にならないといけません。この技術が身につくと、相手が逆らおうという意図がない限り、概ね決まった形で相手が倒れます。そうなると「この投げ技は、こうする」というように、「形の万能主義」に陥ってしまう恐れがあります。これは、7段、8段の師範の方でさえ、よく陥る点だと井口師範が言っておられましたので、合気道修行者は十分注意しないといけません。

井口師範は、「合気道の技は、一期一会。たとえ同じ技でも、相手が変るだけでなく、タイミングや持ち方など攻撃の仕方が変れば、全て変る。一つとして同じものはない」といわれておりました。ですから、「完璧な形」などないということです。

確かに、「完璧な形」というのは魅力的な言葉で、魔法のアイテムのようです。しかし、誠に残念ですが、一部の合気道愛好者の中で信じられている「形さえ完璧になればどんな相手も投げることができる」という考えを完全に否定する井口師範の言葉です。

相手が逆らうのが前提条件の柔術などの組み技系格闘技をされている方なら、「完璧な形」など夢物語と笑って、当然のように受け入れられるでしょうが、受け手が協力する形稽古主体の合気道に陥り易い点でもありますので、合気道の中級者以上の方には十分注意していただきたいと思います。

この点を注意しないと、他の武道の人とも同じだと思って、他流試合のようなことを行い、他の武術の初心者にすら技が効かず、恥をかいてしまうという悲惨なことになってしまう恐れがあります。

合気道の稽古では、技の受け手は、能動的に技に掛かろうとする傾向がありますので、この技術ができる人が技を掛けると、受け手の人は能動的に技に掛かろうとする前に技に掛かってしまいます。すると、「とても凄い」と尊敬の念を持つようになり、受け手の人は一切逆らうことをしなくなります。さらに、最悪の場合は、暗示までかかり、掛け手の人が、右を指すだけで、勝手に右に倒れるというようなマンガのようなことが起こるようになります。そうなると、掛け手の人は「気」を完全にマスターしたと思い込み、達人にでもなった気になり、他流試合で悲惨な結末を迎えるということになるかもしれません。実際はこの技術の途中で止まっているだけなのです。

なお、この注意点は、形の知らない相手に思い切りもたれても、簡単に形どおり掛かるようになった方に対してのものですので、そこまで到達していない方や初級者の方は、「形だけでなく、その上の技もある」という気持ちをもって、現在学んでいる技の形をしっかりと覚えていただかないといけません。

ちなみに、その上に位置する技術というのは、皮膚感覚の技術のことです。これは、相手の反応を利用する技術ですので、より簡単に相手を倒せるようになります。そして、皮膚感覚の技術の特長は、相手の反応を利用しますので、どちらかというと相手任せとなり、毎回、見た目が変ります。ただ、合気道を長年しておられる方が相手の場合は、あまり攻撃する際に意識を持って行っていないので、その人独自の癖を持っていることが多く、常にそのようにやってしまいがちになりますので、毎回同じような動きに見えまるかもしれませんが、やはり毎回タイミングなどに若干ちがいがでますので、よく観察すると、少し違うのが見てとれます。

ですから、この合気道修行者の方には、この骨の技術・皮膚の技術に満足せずに、次の段階の技術を習得して行って欲しいと願っています。また、この方は合気道の高段者ですので、自分の技にどんどんと自信をつけて頂いて、今後活躍されることを祈っております。

お問合せ先は
http://kenkogoshin.tank.jp/contact.html

一般稽古スケジュール
http://kenkogoshin.tank.jp/schedule.html

当会ホームページ
http://kenkogoshin.tank.jp/

時間の流れる速さを変える方法?

現在、当会では、正勝吾勝勝速日の秘伝について、学んでいただいています。
合気道では、正勝吾勝勝速日という言葉を使ってよく指導されますが、井口師範から、これを本当に理解されている人は少ないと聞いています。と、いいましても、私自身も、この正勝吾勝勝速日に関して本の入り口しかしりませんが、、私が個人指導している合気道の高段者の方に、この技を伝授したところ、「よくウチの師範がそのことを言っているが、師範も全然理解していないように思う」とおっしゃっておられました。

ちなみに、正勝吾勝勝速日について、開祖は「勝とうと気を張っては何も視えんのじゃ。愛を持ってすべてをつつみ、気をもってすべてを流れにまかせるとき、はじめて自他一体の気、心、体の動きの世界の動きが展開し、より悟りを得た者がおのずから勝ちをおさめている。勝たずして勝ち - 正(まさ)しく勝ち、吾に勝ち、しかもそれは一瞬の機のうちに速やかに勝つ」と説明されています。

井口師範も「早いとか、遅いとかそんなことじゃない。ハッと思えば、たちまちということや。これが分からんと入り身一足の真意もわからん。先とか、先の先とかそんなものじゃなく、時間を越えていることや」と説明されています。

これですと何のことか分かりませんが、これを心理作戦と考え、心理学的な見地から捕らえると少しわかりやすいかと思います。人というのは集団属性を欲する社会的動物といわれています。この正勝吾勝勝速日とは、悪い言葉で言えば「そういう本能」を利用するということだと当会では説明しております。

当会の稽古には、骨の技術、皮膚の技術、皮膚感覚の技術、空間感覚の技術とありますが、皮膚感覚の技術と空間感覚の技術をある程度使い出せますと、空間感覚の技術に時間感覚の要素をいれるように指導します。

具体的には、時間感覚の要素を入れるというのは、「時間がゆっくりと流れるように意識すること」です。ポイントは「ゆっくりと流れる」ということで、途中で止まってはいけません。同じ早さでゆっくりと流れる時間と動きを意識しないといけません。しかも、皮膚感覚、空間感覚にこの意識を入れる必要があります。これで、ゆっくり動いているつもりなのに、不思議と相手より速く動けるのです。要するに、皮膚感覚、空間感覚の技術がこの技術を誘導する鍵になっていて、それが心理学的な誘導を行います。

ですから、ただ、単に「時間がゆっくり流れる」と意識するだけでは不可能です。でも、こういう意識を持つだけで技に変化がでるところがとても不思議だと思います。

皮膚感覚、空間感覚の技術にこの時間感覚を加えるだけで、「ゆっくり動いているのに、速く動いている相手に対応している」という自覚ができます。また、周りから見ていても、やはり、ゆっくりに見えます。しかし、相手をしている人は、こちらが瞬間に移動しているように見えます。これがこの技術の面白いところです。これを少し前の小説風のブログに井口師範の動きについて書いたのですが、読まれた方は「ああ、あれだな」と思われたでしょう。

また、私がジークンドーをやっていたところの話ですが、何年か前にスパーリングをしたとき、他の武道の高段者の方たちにも、毎年、30歳以上の参加するシニアクラスの大会で何度も入賞している伝統派の空手の師範の方にも有効でした。

さらに、一般人を相手にした場合なら、2年修行している女性にも、十分使え、有効であると私は感じています。ただ、この技術について、井口師範がもう少し生きておられましたら、もっと深いことを教わっていたのかもしれませんが、その入り口であっても、非常に有効なアイデアであることは間違いないと思っております。

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