【映像による限界】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今ブログでは、NLP心理学の代表システムである、視覚、聴覚、体感覚の3つのタイプと武道を習得の関係を述べましたが、ここから合気道修行者が注意すべきことが見えてきます。

今回はそのことについて考えていきましょう。

 


合気道の技の肝心なのは感覚

 

井口師範は「投げたり、固めたりは単なる枝葉」とおっしゃいました。

その上で、「呼吸力」「螺旋形」「気の流れ」が大切といわれました。

「呼吸力」「螺旋形」「気の流れ」と言われると、なんだかわかった気がします。

ところが実は気がするだけで、これらはすべて、感覚的な表現だった訳でした。

井口師範に手を取っていただけないとその感覚というのが分からないのです。

いくら目を凝らして見ても、感覚は伝わってはきません。この部分が映像による合気道の技を伝える限界です。

前回視覚タイプの人の話をしましたが、体の感覚として認知できないことが非常に大きいのです。

このことより、師範の演武を見て技を稽古するというのは効率的に見えますが、実は肝心の部分が伝わらないのです。

見ても見えようのない感覚、それが合気道の核であり、本質がそこにあります。

その感覚を一言でたとえるなら合気道の「気」なのです。

 


分かる人に教えてもらう

 

合気道の本質は感覚にあるということが分かると、私たち修行者のすべきことは、当然、その感覚が分かる人に教えてもらう必要があります。

ですから、機会をうかがっては、最も技ができ、感覚のある人から技を受ける必要があるのです。

この感覚というのは、案外、体に残るものです。

僕は幸いにして、井口師範に、手を取っていただく機会があり、体を通して、それらの感覚を体験させていただいていますが、井口師範も野球の天才・長嶋茂雄氏と同様に非常に感覚的なことを言われる人でした。

なので、聴覚タイプの僕には何を言っているのか当時はわかりませんでしたが感覚を体験させていただきました。

でも、その時分からなくても、後になってその時に受けた感覚が蘇ってくるのです。

その結果、僕のように典型的聴覚タイプの論理人間は、感覚から理論へという流れが展開していきました。

具体的いうと、ある時にあの技は感覚ではこういうこと再現ができるようになると、理論が浮かんできたものでした。

このように、合気道を理解する上で、聴覚タイプの人も視覚タイプの人も全く理解できなくとも、まずは体感覚を経験しておく必要があります。その後、体感覚が分かると、視覚化あるいは論理化ができようになってきます。

 

 


 

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