「気とは?!」その17 私が独自流派を立ち上げた理由

皆さんこんにちは!
お元気ですか? 私はめちゃ元気です。

さて、昨日の私のブログに対して、知人からご意見をいただきました。

それは、
“達人と言われている人達は、すべて一くくりで「気」といっている”
ということでした。

これはとてもありがたい意見と思いました。
何故なら、これは私が独自流派を立ち上げた理由がそこにあり、一番言いたかったことを端的に表してくれている言葉だからです。

そして、彼が言っていることは確かにその通りであり、全く正しいのです。しかし、私の言っていることも間違いでありません。

何が違うかというと、単なる抽象度の違い! ただそれだけです。

もう少し具体的にいうと、例えば、犬は動物です。「だから犬はもう動物でいいじゃん!」というとどうでしょうか?
そうなると猫も動物ですから、犬も猫も区別がつかなくなります。

もっと抽象度を上げると、「生物でいいじゃん」となると細菌も生物です。もうそこまでいったら訳がわからなくなりませんか?

これと同じように、達人になってくると抽象度がかなりあがり、すべて「気」ですむことになります。

しかし「気」では、一般の人が学ぶには、かなり抽象度が高いと私は考えます。ですから、「気」の抽象度を下げるためにそのフェーズで指導をすることにしている訳です。

一般的に合気道では、「気」の概念で教えていますが、私はこれでは、小学生に算数を教えるのに、同じ数学の括りだとして、足し算より先に微分や積分を教えるようなものだと考えます。

数学の専門家、いわゆる数学の達人は、足し算だろうが、微分積分だろうが、どれも数学の一分野として納得できますが、足し算を始めたばかりの子供にいきなり微分や積分を教えても理解できません。

確かに、子供は言葉を修得したように、微分・積分の問題を何度も教えている間に足算・引算の概念から、掛け算・割算、さらには関数の概念が分かる子供も現れるか可能性もあるとは思います。しかし、多分、その抽象的な数学の概念を修得できるのは生まれついた天才だけじゃないでしょうか?

だから、初心者には抽象度を下げて教えてあげる必要があると私は考えます。しかし、現状の合気道はひとくくりにした「気」を教えることになっているて、しかも具体的に教えるのは一部の弟子だけという話も聞こえています。

それでは、大多数の人はに修得が難しいのではないかと考え、私は自分独自の武道を立ち上げたわけです。

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