「囚われ」と「こだわり」

先日、中国拳法の方の個人指導を行いました。
予定の時間より少し遅れるという連絡が入りましたので、道場内がちょっと冷えていたので、体を動かしてウォーミングアップしておこうと、ジークンドー(截拳道)の動作を稽古をしていました。

そこに、その方が登場し、私の動きを見て、
「かなり速い動きですね。人と対したときも同じ動きができるのでしょうか?」
と、質問されました。そこで私は
「では、好きなように構えてください。攻撃をしますので、それに対応してみてください」
と、相手が構えた瞬間、ジークンドーで相手を攻撃しました。

すると、
「とても速すぎて全く対応できません。前回に学んだ技術も全く使えませんでした。」
と、いいました。

そこで、
「では合気道の術理で、そんなスピードに対応できるものなのでしょうか?」
と、いう質問されました。

その対処方法は、「皮膚感覚の秘伝」と「空間感覚の秘伝」を使うことになりますが、これは前々回からこの方に指導しているものです。これではブログを読んでいる方にはわからないと思いますので、“間合いを制する”のがポイントになるとお考えください。

要するに、パンチやキックは当たる位置があり、しかも効果のある位置というのはさらに限られた位置になりますが、その位置に来る瞬間に攻撃が来るのですから、その一瞬前に相手を捕らえることにより、その後の攻撃をできなくします。

この方には、前回の間合いを制する稽古でかなりのところまでできるようになっていたのですが、速い手足の動きに気をとられ、術理が効かず、全く動けない状況になり、ただのサンドバック状態になった訳です。

井口師範は、「当たらないところに居(お)れば当たらない」と、おっしゃいました。
要するに、パンチや蹴りが当たるには、当たるのに最適な距離があるわけです。その距離を武道では間合いといいますが、それを如何にうまくコントロールするかというのが、「空間感覚の技術」です。

ところが、この人は、「手がどう動くか? 足がどう動くか?」と考えておれば、意識がそれに囚われ、間合いを意識することが疎かになり、前回実現できていた動きが出来なかったのです。

実は「囚われる」というのは、私もよくすることです。指導している際に、一つの術理にこだわりすぎるため、急に技が効きにくくなったりすることをときどき感じ、後で、『ああ、こだわっていたなあ』と反省することがあります。その術理を教えるにはある程度こだわらないといけないのですが、こだわりすぎると腕に力が入ったりするわけです。

そして、この人に、前回と同様の説明を繰り返しましたが、前にできていた動きがなかなかできません。どうしても防御に意識が行き、前回の動きすらできていませんが、当の本人は、自分がそれに囚われていることに、なかなか気づかず、指示通り動いているように思っています。

ですから、いくら「囚われている」と示しても、それでも自覚ができません。約2時間かかって、ようやく自分の「こだわり」に気付くと、また前回の動きがもどってきました。
それで、この人に向かって、私は最初に行ったジークンドーの動きで攻めましたところ、その人は巧く捌くことができました。

このように、自分の「こだわり」には、中々気づかないものです。その「こだわり」は思い込みからでたものです。最初に来られたとき『こんなに速い動きではどう対処していいのかわからない』と思ったのだと思います。

その結果、『無理』という先入観が無意識の中に形成され、それを解くのに2時間要した訳です。人間は、この『無理』という発想や、『この技は必ずこうする』という誤った先入観があると、技がうまくいきません。また、それが大きな修業の妨げになりますので、巧く行かないときは、上級者に相談するのが一番いいと思います。

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