合氣道の技を高める「氣」の捉え方 〜物理現象と骨の技術〜

僕の師である井口雅博師範は、常に「合氣道は自然の理(ことわり)を体現するもの」と説かれていました。

自然の理とは、僕たちが生きるこの世界の物理法則そのものです。したがって、合氣道の修行者は、物理現象と密接に関係している「氣」の特性を正しく理解し、活用できなければなりません。

今回は、合氣道の技を一段上のレベルへ引き上げるための、物理と氣の関係性についてお話しします。

1. 氣は「超能力」ではなく「自然のエネルギー」

日本では古来より、この世界は「目に見える世界(現世:うつしよ)」と「目に見えない世界」が表裏一体となって成り立っていると考えられてきました。氣とは、その「目に見えない世界」から現世を動かしているエネルギーを指します。

「氣」と聞くと、空中浮遊や壁抜けのような超常現象をイメージする方もいるかもしれません。しかし現実は、僕たちは物理法則に縛られた世界に生きています。武道において大切なのは、空想の魔法を追い求めることではなく、物理現象と氣の関わりを深く理解し、それを技に利用することなのです。

2. 「骨の技術」が氣の通り道を作る

身体を支えているのは骨ですが、実は「骨をどう使うか」に氣の流れが大きく関わっています

骨格を最も効率的なポジションに配置できたとき、氣は最大化して流れます。つまり、正しい姿勢やポジションの確保こそが、氣を通すための絶対条件なのです。当会ではこれを「骨の技術」と呼び、稽古の根幹として最も重視しています。

自立した「中心軸」を立てる

初心者が陥りやすい失敗の一つに、技の際、無意識に相手に寄りかかってしまう(支えを求めてしまう)ことがあります。 この寄りかかられた感覚は相手にとって次の動作を知る手がかりとなり、抵抗される原因となります。合氣道において相手との「氣の結び」は不可欠ですが、自分のバランスまで相手に依存してはいけません。まずは自分の軸を相手から独立して立てること。この軸が確立されて初めて、天地から流れる氣を実感できるようになります。

他人の意見や期待に振り回されることなく、自分の考えや感情を大切にすることで、健全な人間関係を築くことを自分軸を立てると言われますが、人間関係のような心理的な関係だけでなく、武道においても自立した中心軸を持つことが非常に大切であり、相手に寄りかかることは如何に危険であるかが、人間関係のような心理的な関係からもわかると思います。

「折れない腕」と「当て身」の重要性

次に重要なのがポジションです。心身統一合氣道の創始者・藤平光一師範が提唱された「折れない腕」は、あらゆる合氣道の技の場面で必要になります。よく合氣道家がこの折れない腕 を氣を流すとどれだけ強いかというパフォーマンスを実演するためにつかいますが、実は、これは単なるパフォーマンスだけでは、この感覚こそが非常に重要なのです。

これは、どのような態勢や身体のポジションで氣がながれるかを示す一つの形です。まずは折れない腕の感覚を習得して、そこから合氣道の形稽古の中にどう入れるかが最も大切なのです。

実は、この感覚を習得するための近道は、実は現在では省略されがちな「合氣道独自の当て身」の稽古にあります。正しい位置(ポジション)を知り、軸を意識することで、初めて自然の理にかなった技が生まれるのです。

3. 「氣の流れ」はコントロールされた運動エネルギー

物理学の世界では、物体の動きを「運動エネルギー」と呼びます。合氣道における「氣の流れ」とは、この運動エネルギーを完全にコントロールし、意図した方向へ流していくことを指します。見えない世界で起こった氣の流れがこの物理世界に具現したエネルギーが運動エネルギーです。

「意識(意)」によってエネルギーを丹田から腕を通して相手へと通していく。この氣の流れで大切なのは「折れない腕」です。「折れない腕」は、ホースでいうと出口に相当します。ホースの出口をしっかり絞ると水は遠くに飛びますが、同様にしっかりと折れない腕ができれば、そこに氣の流れに加わることで、技は圧倒的な効果を発揮します。

まとめ:なぜ合氣道に「氣」が必要なのか

合氣道において氣を扱う最大のメリットは、以下の2点に集約されます。

  • 相手に動きを読ませない(筋力による予備動作を消す)
  • 単なる腕力を超えた威力を生む

氣を物理的な身体操作と融合させることで、合氣道は真の「武道」としての完成度を高めていきます。まずは自分の「軸」を意識することから、日々の稽古を深めていきましょう。


【ピックアップ】

なぜ「当て身」の稽古が重要なのか?

合氣道では、現在あまり当て身(打撃)を稽古しない道場も増えていますが、当会では「折れない腕」と「ポジション」を習得する最短ルートとして重視しています。

筋力を使ったパンチと合氣道の当て身は、根本的なメカニズムが異なります。これはフォームは異なりますが中国武術の寸勁のやり方に似ています。ただし、合氣道の当て身は相手を破壊するのが目的ではなく、統一体(身体のもっとも整った状態)を一瞬でつくるために稽古を行うのが目的で、合氣道では唯一ひとり稽古ができる稽古方法ですので、中国武術のように一撃で人を殺傷できる威力は求めません。

① 筋力(能動筋)で打つパンチの特徴

一般的な筋肉を使ったパンチは、見た目は非常に力強い印象を与えます。筋肉を縮めて加速させる「能動筋」を主導に使います。この打ち方では、衝撃力を上げるためには当たった瞬間に自分の体が相手に寄りかかる(相手に支えてもらう)形にする必要があり、打撃を躱され空振りをすると身体のバランスを崩す恐れがあります。

② 合氣道の当て身(受動筋と骨の活用)の特徴

一方、合氣道の当て身は、見た目はボクシングの最も良くないパンチとされる「手打ち」と違いがなく、威力もないように見えますが、見た目以上に威力があります。やり方は当たる瞬間に「折れない腕」の形が完成し、腕全体が一つの物体として、 撞木(しゅもく)(鐘をつく木のこと)で釣鐘を突くように打撃を行います。

  • 地面との連結: 筋肉を力ませるのではなく、骨格を整えることで「受動筋(姿勢を維持する筋肉)」が働き、当たった瞬間の衝撃が自分の足元を通り、一瞬で地面まで突き抜けます。
  • 地面が自分を支える: つまり、相手に打撃が当たった瞬間から、自分の体は相手ではなく「地面」によって支えられている状態です。要するに地面からの反作用を利用しています。

以上の理由から、例え、当て身を躱されても身体は崩れず、次の技に移行しやすくなります。

③ 「衝撃の長さ」が重さを生む

物理学的に見ると、筋肉で弾くようなパンチよりも、一瞬の衝撃力(最大値)自体は小さいかもしれません。しかし、地面と連結した当て身は、「相手に衝撃が伝わっている時間」が格段に長いという特徴があります。

  • パンチ: 「バン!」と大きな音を立て弾くような衝撃。
  • 当て身: 「ドォォォン」と、相手の芯まで突き抜けるような重い衝撃。

この「衝撃時間の長さ」によって、相手に与える破壊のエネルギーが大きくなり、筋力で行うパンチより数倍も重い打撃が実現します。この体の使い方を覚えると、相手の予想を裏切る為、相手は姿勢を崩され、簡単に技が掛けられることになります。

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合氣道で骨を読むことの大切さ

皆さん、こんにちは!
お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

前回のブログでは、合氣道が「氣の武術」であると同時に、天地自然の理に従った自然な動きがいかに重要かについてお話ししました。その中で、相手の骨格を読むことの必要性にも触れました。今回は、その骨格を読み解く「骨の技術」についてお話ししたいと思います。

【骨の技術とは?】

私たちが直立できるのは、骨があるからです。骨は互いに支え合い、骨格を形成して私たちの身体を支えています。武道において相手を制するためには、この骨格の特性を無視することはできません。各武道にはそれぞれの骨格に対する技術がありますが、合氣道において最も重要なのは、相手のバランスをどう崩すかという点です。

私の道場では、相手の骨格の弱い部分を利用して崩す技術を「骨の技術」と呼びます。この技術を駆使することで、相手を効果的に制することが可能になります。

【骨格を読んで相手を崩すポイント】

人間は二本の脚で立っていますが、実はこの状態は非常に不安定です。ロボット技術が進化し、最近ようやく二足で立つことができるようになりましたが、人間の身体は無意識のうちにバランスを取って安定を保っています。

合氣道では、この安定した立ち方を崩すことが重要です。相手の骨格を読むことで、どの方向に崩すのが効果的かを見極めることができます。

崩す方向を見つける方法

相手が平均台に立っていると想像してみてください。その平均台がどの方向を向いているかをイメージすることで、相手を崩すのに最適な方向を見つけることができます。平均台の伸びる方向に対して直角に力を加えると、相手は最も崩れやすくなります。このイメージを持つことで、実際の技をかける際に力を最小限に抑えつつ、効果的に崩すことができます。

力の使い方

子供の頃、平均台に立って友達に軽く押された経験がある方も多いでしょう。ほんの少しの力で簡単に崩れることからもわかるように、巧妙に相手を崩すには大きな力は必要ありません。

最も大切なことは、バランスが崩れそうになると自然と力が抜けるということです。これは防御反応の一つであり、崩れそうになると体が反射的にバランスを取ろうとします。このため、合氣道では相手をどう導けば崩れるかを優先し、「合わせ➡導き➡崩し➡技」というプロセスで技をかけることになります。

このプロセスの中で、こちらの意図が読まれないように動くことが重要です。また、相手を崩すのに大きく動かさない点も大切です。具体的には、相手の足がバランスを取るために出ない程度の大きさで、目安として人間の重心点である臍下丹田が2~3㎝ぐらいが適切です。それ以上、崩そうとすれば必ず相手は一歩踏み出して、バランスを修正してしまいます。理想としては、相手が自分が崩れたことが自覚できない状態に導ければ、相手を簡単に技へとつなげていくことができます。

まとめ

「骨の技術」は、合氣道における相手を制するための重要な要素です。相手の骨格を読み、どの方向に崩すかを見極めることで、最小限の力で効果的に技をかけることが可能になります。この技術を身につけることで、合氣道の理解が一層深まることでしょう。次回は、具体的な技術の実践についてお話ししたいと思いますので、お楽しみに!

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合氣道には術理は必要か!?

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。
合氣道では、「合氣道は氣の武道であるから、術理など考慮する必要はない」という意見もあり、他方、「合氣道は自然の理を体現する武道なので、理に従う必要がある」という考えもあります。ではどちらが正しいかということですが、今回はこの問題について述べていきたいと思います。

合氣道は氣だけ鍛錬すれば良い!?

僕の師匠、井口師範は「氣が分かれば、何も考えずとも技は自然に効くようになる」と教えてくれました。この言葉を聞くと、術理は関係ないように思えるかもしれません。しかし、「氣が分かれば」という前提があるため、「氣」を理解するためにはどうすれば良いのかという疑問が生じます。

では、手っ取り早く開祖の真似をして宗教に入るのが良いのでしょうか?実際には、宗教を行っている人の中で、氣を完全に体得している人は非常に少ないのが現状です。開祖は武道や宗教において特別な素質を持っていたため、両者を結びつけることができたのだと思います。

僕の目的は護身として使える技を学ぶことでしたので、宗教を行う選択肢はありませんでした。師匠に聞くと、彼も必死に合氣道の技を修行していたと言っていました。僕も師匠と同じように、技の稽古を通じて氣を体得する必要があると考えました。「何も考えずとも」というのは、体得した最終段階のことです。

つまり、術理が必要ないというのは、氣を体得した最終段階の状態を指します。氣を体得するためには、技の中で理に適った動きをし、その中に氣の流れを生じさせることが重要です。結局、術理を必要としなくなるまでには、修行が必要だということになります。

合氣道の技は天地の理に従う

僕が師匠の技を見たとき、その美しさに感動しました。師匠はその理由を「天地の理に適った動きだからだ」と説明してくれました。具体的には、天地の理に適うとは、正しい姿勢とタイミングが重要であり、すべての動きにはそれに応じた姿勢と行うべき時期があるということです。

もし姿勢が不自然だったり、タイミングが早すぎたり遅すぎたりすると、氣の流れが途切れてしまい、技がうまくいかなくなります。師匠はこれを水に例え、水は低いところに流れ、場所によって形を変えながら自然に流れていくと教えてくれました。この考え方が合氣道の技を行う上でのポイントです。

姿勢の重要性

まず姿勢についてですが、師匠は「力みのない自然な氣の流れを生む姿勢が大切だ」と言いました。これは、状況に応じて効率的に身体を使える姿勢を意味します。つまり、物理的に安定した姿勢を保つことで、身体のパフォーマンスを最大限に引き出すことができるということです。

タイミングの重要性

次に、適切な時期、つまりタイミングについてですが、これは相手との関係に関わります。具体的には、相手の動作のどのタイミングでどう行動するかが重要です。そのためには、相手の身体を読む技術が必要です。合氣道では、一つの技は相手の氣や力を受け入れ、タイミングを合わせて相手の力とぶつからない状態を作ります。そして、気の流れや呼吸力を使って相手を崩し、その瞬間に投げ技や固め技を行います。

技のプロセス

投げ技や固め技のような合氣道の一つの技を行うためには、次のプロセスを踏む必要があります。

  1. 合わせ: 相手の動きに合わせる。
  2. 導き: 相手を導く。
  3. 崩し: 相手を崩す。
  4. 投げ技・固め技: 最後に技をかける。

このプロセスを理解するためには、相手の骨格を読む知識が必要です。合氣道の技を成功させるためには、相手を崩すことが重要です。相手を崩すために、相手がどう崩れるかを理解する物理的な知識があれば、才能がなくても目安にすることができます。

僕の道場では、「骨の技術」として、水が低い方に流れるように相手を崩すための稽古を行っています。このような稽古を通じて、相手を崩す適切なタイミングを読む力を養うことができると考えています。

まとめ

合氣道における「氣」の理解は、単なる鍛錬を超え、技術の奥深さを探求する旅です。井口師範の教えから、氣を体得するためには、まず技の中で理に適った動きを実践することが重要であると学びました。姿勢やタイミングの重要性を理解し、相手との関係性を意識することで、自然な氣の流れを生み出すことができます。

技のプロセス、すなわち合わせ、導き、崩し、投げ技・固め技を通じて、相手を崩すための知識を身につけることが、合氣道の技を成功させる鍵となります。最終的には、術理を超えて自然に技が効く状態を目指すことが、合氣道の真髄であり、修行の目的です。

このような理解を深めることで、合氣道を通じて自分自身を成長させるとともに、護身術としての技を身につけることができるでしょう。合氣道の修行は、単なる技術向上にとどまらず、心身の調和を図る道でもあるのです。

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絶望の果てに灯る光

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。
さて、今回は僕の井口合氣道との出会いを小説風に書いてみました。宜しければ読んでいただけると嬉しいです。

かつて私が大阪で合氣道を学んでいた三年間は、常に満たされない思いを抱える日々だった。稽古で教わる型は華麗であったが、運動能力に自信のない私には、それを現実の「護身術」として使いこなせるイメージがどうしても持てなかったのだ。技を活かせないのは自分の未熟さ、運動能力のなさが原因だと自己嫌悪に陥っていた。

そして、その諦めが決定的な絶望に変わる出来事が起こった。

先輩が駅で酔っ払いのサラリーマンに一方的に因縁をつけられ、合氣道の黒帯でありながら、なすすべもなく耐えるしかなかったという話を聞いたのだ。華やかな技の裏側にある現実的な限界を知り、私は心底から合氣道に幻滅した。真に人を守る力ではないのなら、学ぶ意味はない。そう結論づけ、私は道場を去った。

転職で故郷の和歌山に帰ってしばらく経ったある日、大阪での用事を終え、再び和歌山へ向かう電車に揺られていた。その時、「運命の瞬間」は、前触れもなく訪れた。

突然、乗車してきた男に暴行を受けたのだ。

突然のことに、全身は硬直。過去に習った合氣道の型が頭の中を木霊するが、相手の攻撃を捌くことすらできない。ただ腕で顔を覆うって防御するだけ、結局何一つ抗うことも無しに、ただひたすらに暴力を受け続けるという、この上ない無力感が身体を石のように重くした。何よりも、周囲の乗客の冷たい視線が痛かった。誰も助けに入らず、ただ傍観する彼らの存在が、暴力以上に私の孤独と絶望を深めていく。

男が去り、私はまるでゴミのように地べたに横たわった。心底からの絶望に苛まれながら、私はこの瞬間、護身術の必要性—いや、真の力を身につける必要性を、全身の細胞で痛感した。ただ、私は何よりも何一つできない自分が悔しかった。この出来事が、一度は捨てた合氣道へと再び私を駆り立てる、抗いがたい力となった。

達人の記憶と「本物」への渇望

和歌山の家に戻り、私はすぐに合氣道への再入門を決意した。一度は幻滅した合氣道だったが、幼い頃に父の警察官の先輩に合氣道の達人がいたという伝説を思い出したからだ。プロ力士と対峙し、刃物を持った十数人の無法者と単身で渡り合ったという、まるで小説のような、信じがたい話。

「本物の合氣道は存在する」—その信念が、私の心を突き動かした。目指すべきは、あの時の無力感を完全に打ち砕く「本物」の教えだ。

手にした合氣道の本の情報を頼りに、私は運命の道場を見つける。開祖の直弟子である井口雅博師範が指導する、「本部直轄井口道場」だった。師範の名が冠された、全国で唯一の特別な道場。その響きに、胸の高鳴りが止まらなかった。

初めて道場の門を叩いた時、師範に大阪での苦い経験をすべて話した。師範は厳しい眼差しで私を見据え、突然こう言った。

「じっと立っているから、何か技を掛けてみなさい」

私は思わず言葉を詰まらせた。「そのような状態で技を掛ける稽古はしておりません」。

その答えに対し、師範の叱責が飛んだ。

「じっとしている相手に技が掛けられなくて、素早く変化する相手に技が掛けられると思うのか!」

この瞬間、私の心に稲妻が走った。『これこそ本物だ』。長年の疑問と迷いを一瞬で断ち切る、真理の言葉だった。私は即座に入門を決意した。

後に分かったことだが、父が語ってくれた、プロ力士と渡り合ったという合氣道の達人こそ、まさにこの井口師範その人だったのだ。運命が、私を真の師のもとへ導いたことに、鳥肌が立った。

極意の真実と数年の遠回り

井口師範は常々、合氣道の極意として「氣の流れ」「呼吸力」「螺旋形」の三つを説いていた。当時の私にとって、その言葉はあまりにも曖昧で、大阪で学んだ先輩たちの解釈もバラバラだったため、真意は霧の中だった。特に「呼吸力」といえば、「力も感じずに、いつの間にか相手が倒されているもの」という、漠然としたイメージしかなかった。

しかし、井口師範の教えは、私が知るものとは全く次元が違った。

初めて受けた座り技呼吸法。それは、人間の力ではなく、まるで重機と対決しているかのような、とてつもなく強大で「とても敵わない力」だった。あまりの力の大きさに、一時は「これは単なる馬鹿力ではないか」と疑念を抱いたほどだ。

だが、師範の教えを信じ、「天の鳥船の行」を続けるうち、私は確信を得る。この呼吸力は、天と地の氣を受けて発揮される、人間個人の力を超えた、まさに天地の理に基づいた力であると。そして、自分の氣を滞りなく動かすことこそが、「氣の流れ」の真髄であることも、数年をかけてようやく理解できるようになった。

振り返れば、最初から師範が正しかったのだ。素直に師の言葉を受け入れていれば、これほど長い年月を遠回りせずに済んだかもしれない。その理解の遅さが、今も悔やまれてならない。

伝承への使命

この壮絶な経験と、極意への遠回りを通じて、私は指導者として言語化の重要性を痛感した。今は道場において、一つ一つの動作や意識の持ち方を、より細かく言葉で伝えることを心がけている。合氣道を通じて得た真の力と経験を、次世代に伝えることが、私の使命だと感じている。

私の人生最大の幸運は、井口道場に通い始めたタイミングにあった。古参の弟子たちのクーデターにより、大半の門弟が道場を去った直後だったため、井口師範という達人の指導を、直接、濃密に受けられる環境にあったのだ。さらに、師範のご自宅が私の自宅の途中にあったため、お車での送迎役という光栄な機会をいただき、師範の気が乗ったときには、車を停めて何度も個人的な指導を施してくださった。

絶望の淵から私を救い、真の道を示してくださった井口師範には、今も言葉に尽くせないほどの感謝を捧げている。

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相手を金縛りにする!

合気道愛好者の皆さん! お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。
今日は、当会の重要な技の一つ、相手を金縛り状態にする「皮膚取りの形」についてお話しします。この技は、相手の動きを封じ込めるための非常に効果的な方法です。具体的には、相手が上段防御の構えをしている時に、素早く入り込んで腕を捉え、動けない状態にします。そして、その後に一教、二教、三教、四方投げ、回転投げ、小手返し、入り身投げの7つの技を行います。

金縛りの動作を大げさに表現した例

皮膚取りのカギ

皮膚取りの形で最も重視されるのは、一瞬で入り身をして相手の手首の皮膚を捉えることです。この瞬間に相手の動きを封じることが、この技の成功のカギとなります。私の師匠、井口師範は「投げたり、固めたりは本の枝葉」と教えてくれました。つまり、技の結果は重要ですが、それはあくまで手段に過ぎないのです。

成功するための3つの段階

皮膚取りを成功させるためには、以下の3つの段階でのポイントがあります。

  1. 間合いでのポイント
  2. 入り身でのポイント
  3. 皮膚取りでのポイント

これらのポイントは、当会でのすべての形に共通する重要な要素です。

1. 間合いでのポイント

間合いを取る際には、以下の5つのポイントが大切です。

  • 統一体の構え: 心身を統一させた状態で立ち、正しい位置に体を揃えます。
  • 間合いの距離: 相手との距離は畳一枚分が理想です。武器を持っているかもしれない相手に対して、素早く反応できる距離です。
  • 半身の構え: 体を45度に構え、相手に気づかれにくい姿勢を保ちます。
  • 目付け: 相手全体を視野に入れ、意識を集中させます。
  • 勝速日: 自分が主導権を握る意識を持つことが重要です。

2. 入り身でのポイント

入り身の際には、次の3つのポイントを意識しましょう。

  • 目のポイント: 常に相手全体を捉え、手首だけを見ないようにします。
  • 体のポイント: 斜め前方に重心を移動させ、一歩で相手の前に出ます。
      (傾斜の足運び)
  • 手のポイント: 相手の手首を捉える直前まで、相手の防御している手の陰を利用して手の動きを隠します。

3. 皮膚取りでのポイント

最後に、皮膚取りの際には以下の3つのポイントが重要です。

  • 目のポイント: 相手全体を視野に入れ、視線を動かさずに皮膚取りを行います。
  • 手と体の協調: 身体の動きに合わせて手を動かし、相手の皮膚を捉えます。
  • 意識: 相手の意図を崩さずに、動きを封じることを意識します。

まとめ

以上が、皮膚取りの形における重要なポイントです。この技をマスターすることで、合気道の技術をさらに深めることができるでしょう。ぜひ、稽古に取り入れてみてください!

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合氣道の「一体となる」とは

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

合気道の開祖、植芝盛平翁は「合気道とは愛なり」と語ったと言われています。また、私の師匠である井口師範も「合気道は清濁を併せ呑む海のごとくなければならない」と教えてくださいました。これは、「相手のすべてを受け入れ、相手と一体となること」を意味しています。では、「一体となる」とは一体どういうことなのでしょうか?今回はこのテーマについて掘り下げてみたいと思います。

宇宙と一体になる

合気道の稽古では、「宇宙と一体になる」とか「相手と一体になれ!」という言葉をよく耳にします。では、まず「宇宙と一体になる」とはどういうことなのでしょうか?師匠は「宇宙の中心に立って技を行うことだ」とおっしゃいましたが、当初の私はその意味を全く理解できませんでした。

合気道の準備運動には、天鳥船の行や振魂の行が含まれています。これらは古神道の儀式に由来するもので、単なる信仰の一部ではなく、体の軸を安定させ、天地を貫く軸を形成するための重要な運動です。この運動を繰り返すことで、自分が宇宙の中心にいる感覚を得られるようになります。

この運動によって、天地の軸が明確になり、天の氣や地の氣を使った呼吸力が発現します。天地の軸を意識できるようになると、自分が宇宙の中心となる感覚を体験できるのです。前回の記事では「氣の性質」についてお話ししましたが、上丹田、胸の中丹田、下丹田が一直線に結ばれ、地から天を貫く天地の軸が形成されると、内外の氣が安定し、動かなくなります。これが「宇宙と一体になる」ということです。

相手と一体になる

自分が宇宙と一体になった感覚を得ると、理屈では「相手も宇宙の一部だから、宇宙の方が強い。相手をねじ伏せるのは容易い」と考えがちですが、実際はそう簡単ではありません。

宇宙の法則は調和に基づいているため、「相手をねじ伏せよう」と思った瞬間に、自分が宇宙と一体であるという感覚が崩れてしまいます。宇宙の中心に立っても、「我」と「他」という意識では真の一体感は得られません。大切なのは「相手も我も宇宙の一部である」という認識です。

そのため、形稽古においては、相手を「清濁併せ呑む大海」のように全面的に受け入れることが重要です。相手との衝突をゼロにし、完全に一体となることが求められます。次に、相手が自ら動くように導き、その結果が投げ技や固め技となるのです。

  • 受け入れ: 相手の力を自分の中心で受け入れ、天地に返す。
  • 合わせ: 相手との衝突を無くす。
  • 導き: 相手を自然に導く。
  • 結果: 最後に相手を地に導くことで、投げ技や固め技になる。

特に「導き」の段階では、相手が自ら動くように導くことが必要です。言い換えれば、相手を自分の身体の一部としてコントロールすることでもあります。これが真の意味で相手と一体となることの重要性です。

相手の立場に立つ稽古

このためには、日常的に相手の立場に立って考える訓練が必要です。相手がどう動きたくなるかを客観的に観察し、例えば座っている人を効率的に立たせるにはどうすればよいかを考えてみると良いでしょう。相手を立たせる際の動きの軌道は、自分が座って立とうとした場合に描く軌道と同じです。その軌道で相手を動かせば、自然と相手が立ち上がらせることができます。この理屈を知らなければ、無理に引っ張ろうとしてもうまくいきません。合気道の技も同様です。

上の写真は私が自ら立っているのでではなく、術者によって自然と立つように誘導されているのが分かると思います。

要するに、「導く」ということは、相手が自ら動くように反射を引き起こすことです。人は倒れそうになったとき、足を踏ん張るか、あるいは「倒れた方が安全」と判断した場合には、できる限りソフトに地面に着くように動きます。このように、安全のために脳が自動的に指示を出す軌道を描くことが「導く」ということです。

稽古での一体感

合気道では、取りと受けの役割を交代で行うことで、一体感を深めます。投げ技や固め技を身につけたいと思うかもしれませんが、合気道では交代で技を掛け合うことが重要です。これは単に不公平を防ぐためではなく、受けの役割と取りの役割を体験することで、一体となる意味を理解するためです。

受けの目的を考えると、「安全に倒れる」状況を客観的に感じるのは受けでなければできません。合気道の受けの役割は非常に難しく、相手が自分よりも下のレベルであれば、自ら倒れて最も倒れやすい軌道を教えてあげなければなりません。逆に、相手が自分よりも上のレベルであれば、しっかりと逆らい、相手が氣のトレーニングをできるよう配慮する必要があります。同等レベル同士になると、受けは相手の氣に反応し、スムーズに受けを取れるようにします。

取りが技を行うときは、自分を客観的に見つめ、相手と一体となり、どのように上手く導けるかが重要です。関節を極めることや、どう投げるかは結果に過ぎず、本質は相手との一体感にあることを理解することが大切です。

(一体化の技の例)

まとめ

合気道における「一体となる」という概念は、単なる技術や理論を超えた深い意味を持っています。宇宙と一体になることは、自分自身の内なる軸を確立し、天地のエネルギーを感じることから始まります。そして、相手との一体感は、相手を受け入れ、調和をもって導くことで生まれます。

このプロセスでは、受けと取りの役割を交互に体験することが重要であり、それによって相手との関係性や技の本質を理解することができます。合気道は、単なる武道ではなく、心と体、そして相手との調和を追求する道なのです。

私たちが合気道を学ぶことで、自己を深く理解し、他者との繋がりを大切にすることができるようになります。これこそが、合気道の真髄であり、私たちが目指すべき理想の姿です。今後もこの道を共に歩み、さらなる成長を遂げていきましょう。

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心と身体と氣の一致

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

今回は、合氣道を学ぶ上で避けては通れないテーマ、「氣」についてお話ししたいと思います。
この「氣」という言葉、皆さんも普段の生活の中で使ったことがあるんじゃないでしょうか?

たとえば──
「氣が抜けて怪我をした」
「氣が散って集中できない」
なんて表現、聞き覚えありますよね?

そう、僕たちは知らず知らずのうちに「氣」という言葉を使っている。でも、実際のところ「氣」って何?と聞かれたら、言葉にするのはなかなか難しいものです。

氣とは?!

「氣」とは、簡単に言えば生命力やエネルギーの流れのこと。
目には見えないけれど、僕たちの身体や心、そして自然との調和に深く関わっているとされます。

一般的に考えられている「氣」の性質はこんな感じです:

  1. 日常的に誰もが使っているが目には見えないエネルギー
  2. 健康や精神状態にも影響を及ぼす
  3. 武道では、「氣」を正しく使うことで無理なく効率よく体を動かすことができる

僕の師匠は「氣」の正体を明確には教えてくれませんでした。でも、稽古の中で感じる断片的なヒントと、東洋医学や様々な氣に関する書籍、そして合氣道の四つの技術(骨、皮膚、皮膚感覚、空間感覚)を組み合わせて考えていくと、どうやら「氣」は多層構造になっているようなんです。

井口師範の説明から導き出された「氣」の構造

僕なりに整理すると、「氣」は皮膚を境界にして内側と外側に分けられると考えています。

外の氣:

  • 最外殻の氣:視覚や聴覚と関連。ドーム状に体を覆っている。
  • 外殻の氣:皮膚表面に近く、触覚や皮膚感覚とつながっている。

内の氣:

  • 内殻の氣:皮膚の内側にあり、筋膜や経絡に関係する。
  • 核の氣:体の中心を貫く軸に沿って流れ、心身が統一されたときに現れる。

合氣道では、この内外の氣を**いかに「乱さず」、あるいは「乱すか」**が技の鍵になります。
取り(技をかける側)は自分の氣を一体に保ちながら動き、相手(受け)の氣をうまく散らすことで、崩しや投げにつなげていくわけです。

心と氣の関係

では、「氣」はどうやって動くのでしょう?
実は、心(意識)の動きがそのまま氣の動きに直結しているんです。

つまり、

  • 人は氣によって動いている
  • 意識が向いた方向に氣が流れる
  • 氣の量には限りがあり、意識の偏りで偏在が起こる

この性質を理解していないと、動きの中で氣がバラバラになり、怪我やバランスの崩れにつながります。

例:「物を掴む」動作と氣の流れ

ここで日常動作を例に、「氣」の変化を見てみましょう。

  1. 目の前にある物に視線を向ける
  2. 最外殻と外殻の氣がその物に向かう(=氣が前方に引っ張られる)
  3. それに伴って、手足の氣も前に向かい、物を掴む

このとき、氣は手に集中するため、体を支える部分の氣が薄くなりすぎることがあります。下図は外の氣と内の気が動き、外の氣は目標物に、内の氣は手先に集中したときの図です。内の氣が手先に向かえば、手から最も遠い部分の氣が欠乏します。また、外の氣が遠くに行くことで体を覆う氣の濃度が減ることでやはり氣が欠乏します。結果として、予想以上に重い物だった場合、腰などを痛める危険もあるのです。

合氣道の技は、こうした氣の流れと偏りを利用して相手を崩します。

技の応用:氣の導き方

技をかけるときは、相手の「外の氣」あるいは「内の氣」のどちらを導くのかを明確にする必要があります。

その上で、相手を不利な状態へと誘導し、投げや固めの技へとつなげていくのです。
つまり、氣の動きは単なる感覚ではなく、意識的にコントロールするべき対象なのです。

取りの心得:「氣を動かさない」意識

氣は意識とともに動く──
だからこそ、取りとして技をかけるときには、いかに自分の氣を乱さないかが非常に大切です。その鍵となるのが「天地の軸」の意識です。

天地の軸と三つの丹田

合氣道では、「丹田」(氣の中心)を3つに分けて考えます:

  • 上丹田(頭)  : 眉間の中央より4指分奥へ
  • 中丹田(胸)  : 2つ乳首の真ん中より4指分奥へ
  • 下丹田(下腹部): 臍より4指分下、4指分奥へ

この三つを縦に結んだ一本の線が「天地の軸」。


この軸を意識しながら動くことで、氣が分散せず、動きが安定します。

なお、余談ですが、合氣道では体の方向を変える場合は、男性であれば乳首の位置で4指分の奥の左右の軸のどちらか(火の軸、水の軸)を使います。(女性の場合は、胸が膨らむ前の自分が子供だったころならどの位置に乳首があったかを想定しその位置で4指分奥の左右の軸を意識すると良いでしょう) いわゆる「なんば歩き」がこの左右の軸を使った動きということになります。

ただし、常に三つの丹田を縦一直線に保つのは現実的ではありません。
稽古では「下丹田を起点に天地へ伸びる軸」として意識することが多く、他の武道でも下丹田だけを重視することが一般的です。

ちなみに、スポーツ選手のフォームをよく見ると、やはり下丹田を中心に天地の軸に対称に絶妙な重量バランスを取っていることに気づきます。要するに結果的に頭が軸からぶれても天地の軸がつくられているということが大切です。それにより、氣の移動が起こらず身体を痛めにくく、安定した状態が保てます。氣がバランスよく配分されている状況を作ることで最大のパフォーマンスが発揮できるのです。

まとめ

合氣道では、三つの丹田をつなぐ天地の軸を意識しながら、
意識、身体、氣の動きを一致させていくことが何より大切です。

それが、技を美しく、無理なく、そして強くする第一歩。

しかし、意識が常に下丹田にあるのは拘りになりますから、そういえば、丹田に意識があるという感覚です。また、天地の軸にしても同様で、無意識レベルで確かに存在し続けているがそればかりを意識している訳ではありません。人が意識を集中してしまうとそこに氣が集まり、移動してしまうので、丹田にしても、天地の軸にしても、忽然と存在しているという感覚になることが大切です。

井口師範は「ああしよう、こうしようと考えるのは不自然」、「自分が存在があるから、自分がある。ただあるというのが大切」とおっしゃいました。

「氣」という目に見えない力とどう向き合うか──
それが、合氣道を深めていく醍醐味でもあるのです。

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二教には天の氣を使え!

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

合気道の重要な動作「振魂の行」と「天の鳥船の行」についてお話ししたいと思います。この二つの行は、私たちの武道修行において非常に深い関係があります。

井口師範の振魂の行

僕の師匠、井口師範から教わったことがあります。「天の鳥船の行」と「振魂の行」は、天の気、地の気、水の気、火の気を使えるための行だということです。この話を聞いたとき、もっと深く知りたくなり、質問をしましたが、師範は「しっかりやっていれば、ある時にわかるようになる。それまで楽しみに待っていなさい」とおっしゃいました。

その後、僕はこの言葉を胸に、日常生活に「天の鳥船の行」と「振魂の行」を取り入れていきました。そして、ある日突然、振魂の行について新たな感覚が芽生えたのです。

新たな発見

その感覚は、師範が「振魂をゆっくり動かすと、こうなる」と示してくださった動作をさらにゆっくりと行ったときに訪れました。一般的に振魂の動作は、身体を小さく上下に揺らしながら、玉の印を組んだ両手を震わせるように指導されますが、さらに深い理解が必要です。

井口師範は、「身体が上に行くときは手は下に、身体が下に行くときは手は上に動く」と教えてくださいました。この教えを守りながら、ゆっくりと振魂の行を行っていると、ある瞬間、意識が上下に動く感覚を体験しました。

具体的には、体が上方に向かい手が下に向かうとき、上丹田にある意識が百会を抜けて上に、体が下方に、手は上方に向かうとき、下丹田の意識が地面に落ちるという感覚が突然でてきました。(下の写真)

振魂

最終的には上下の動きを小さくし、手の振りだけで、この意識の移動が起こるようにすることが実は振魂の行の目的ではないかと僕は考えています。それにより、天の氣の発動が見えなくなり対策することができなくなるからです。(下の翁先生の映像を見ていると殆ど上下の動きがありません)

天の氣

井口師範が以前行っていた技で僕にはどうしてもできないものがありました。この感覚を得たことで、それを試してみることにしました。それは「前に倣え」のように両手を前に伸ばし、下から支える相手を下に押す動作です。通常、この動作では相手を下に落とすことは難しいのですが、意識を天に向けてあげていくと、相手は簡単に沈むことができました。この体験から、天の気を使うことの重要性を実感しました。

全体重を掛けて力づくで相手を押し下げようとしても、通常は相手を落とすことができません。

しかし、手を伸ばした力学的に不利な状態でも、天の氣を使うと、相手を押すと簡単に相手が下に沈みます。

天の氣の二教への応用

ここの体験を通じて、天の氣の使い方が分かってきました。ある日、師匠に二教をかけてもらったとき、そこでもこの天の氣が応用されていることに気づきました。合氣道の投げ技は、基本的に相手を地に導くことが重要であり、ほとんどの技において天の氣を使うことができるようになっています。ただし、受け手にとっては非常に強い力で作用するため、怪我をさせてしまう恐れがあるので、慎重に使う必要があります。

まとめ

このように、合氣道に取り入れられている「天の鳥船の行」や「「振魂の行」など古神道の技法は、単なる宗教的な枠を超え、身体の正しい使い方に基づいていることがわります。また、先ほど示した動画での開祖の動きと古神道の指導者の動きが異なるっていることが判ります。このことから、合気道開祖が合気道の基本的な身体動作を得られるように改変しているようにも思われます。

現在、多様な思想を持つ人々が集まる中で、「天の鳥船の行」や「振魂の行」など宗教を発端とする技法を行わない道場も少なくありませんが、開祖が取り入れた修行法は本質を理解すれば些細なことです。ぜひ皆さんも「天の鳥船の行」と「振魂の行」に挑戦してみてください!

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大和言葉から学ぶ合氣道

こんにちは、皆さん。お元気ですか? 僕は今日もメチャクチャ元気です。

今回は、合氣道と日本語の深い結びつきついてお話をしたいと思います。

合氣道と日本語の深い結びつき

日本語には、一見無関係に思える2つの言葉が、実は古来の大和言葉レベルでは深いつながりを持っていることが多いです。これらの言葉の背後には、日本人の自然観や精神性が色濃く反映されています。特に合氣道における「氣」の概念を考える上で、言葉のルーツから得られるヒントは非常に多いのです。

意外な「氣」と「木」の関係

「氣」と「木」という言葉は、一見すると関係がないように思えますが、実は同じ語源を持っています。この視点を持つと、両者は「生命力」や「自然のエネルギー」を象徴していることがわかります。「氣」は目に見えないエネルギーや生命の働きを表現し、「木」は大地に根を張り、天に向かって成長する生命そのものです。古代の日本人は、木が大地の「氣」を吸収して成長すると考えていました。また、「木」は大地の「氣」が形になったものであり、大きな木には神が宿ると信じられ、「神木」として崇められていました。このように、「氣」と「木」の関係は、自然の力に対する古代人の考え方を理解するための重要なキーワードとなっています。

呼吸という言葉と呼吸力の深い意味

合氣道でよく使われる「呼吸力」という言葉は、大和言葉の深い意味を示しています。呼吸は大和言葉では「息(いき)」と呼ばれ、「息」は「氣」を取り入れる動作を意味します。「生きる」「活きる」「粋(いき)」などの言葉も、すべて「氣」と密接に結びついています。呼吸とは単に空気を吸うことではなく、「氣」を体に取り入れて全身に巡らせる行為です。合氣道の「呼吸力」は、この「氣」を自在に使う力を指しています。

力とその源

さらに「力(ちから)」という言葉にも注目が必要です。「ち」という音は「地」や「血」ともつながり、どちらも生命やエネルギーの源を意味します。つまり、「力」とは大地や血液といった根源的なエネルギーが形となって現れたものです。呼吸力は個人の血から出る単なる筋力や体力ではなく、天地の「氣」を体に通し、自然と一体となって発揮される天地の力を利用するものなのです。

呼吸力の体感をするための合氣道の稽古

合気道の稽古には、「天の鳥船」と「振り魂」という準備運動が含まれています。最近では、これらの運動が神道に由来するため、思想や信教の自由を尊重し省略する道場が増えていると聞きます。しかし、実際にはこれらの運動は呼吸力を体感するために非常に重要です。これらの稽古を通じて、「天の氣」「地の氣」「火の氣」「水の氣」を感じ、それを体の骨や筋肉に通すことを学びます。ただし、合気道における呼吸力の技術は非常に秘匿性が高く、「天の鳥船」と「振り魂」のやり方は口伝であり、古神道のものとは異なるため注意が必要です。Youtubeで公開している開祖がこれを行なっている動画が参考になります。

この稽古の基礎となるのは丹田です。運動を行う際には、頭(上丹田)、胸(中丹田)、下腹(下丹田)の三つの丹田を一直線に揃えることが重要です。これにより、身体を貫く天地の軸が生まれ、呼吸力を発揮する準備が整います。「天の鳥船」と「振り魂」を行うことで、呼吸力の出し方が理解できるようになります。

継続的な鍛錬の重要性

呼吸力の出し方が分かったからといって、それで終わりではありません。より強い「氣」を扱うためには、骨や筋を鍛え、体を整えることが不可欠です。合氣道開祖・植芝盛平翁先生も私の師の井口師範も常に鉄の杖を振ることで、強い呼吸力が出るように体を鍛えていたと言われています。正しい身体の使い方としっかりとした基礎があってこそ、合氣道の強い呼吸力が発揮されるのです。

言葉のルーツを知り、自然の「氣」とつながる感覚を大切にすること。それが、合氣道の「呼吸力」を深く理解し、実践するための第一歩なのです。

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