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健康護身術を指導している橋本実です。

【世界一分かりやすい武道教室を目指して】

12月も丁度今日でど真ん中、今年もあと残すところわずかとなりました。今年はいろいろありました。新しい仲間として会員に合気道の高段者の方、フルコンタクト空手・総合格闘技の経験者の方を向かえることができとても喜んでいます。

井口師範の秘伝技術は、合気道関係者だけでなく、メキシコで総合格闘技を20年近くやっていた方でも、満足してくださるレベルであるとわかり、私自身もとても驚きとともに、師匠には非常に感謝しています。

来年はより一層分かりやすい指導を心掛け、いつかは「世界一分かりやすい武道教室」を目指して頑張っていくつもりです。

そのため、来年はコーチング認定資格を取るつもりです。
コーチングというのは、ビジネス、人間関係、家庭問題、子育て、お金、夢の追求、健康などの人生の様々な局面で発生する問題で、自分に覆いかぶさる障害を取り除き、それを乗り越え、望む結果を実現し、望む未来を達成するスキルですので、武道指導に非常に役にたつと思います。

私が受けるセミナーは、大阪で主宰されるMOVEコーチングを受けるつもりです。一般にコーチングセミナーといえば、10万円を下らないのが普通ですが、MOVEコーチングは何と2日間で39,000と破格値です。

しかも、私が参加するのは、特別ルートで、その半額以下の16,200円で参加できるというものです。

さらに、満足できなければ全額返金保証もついています。また、再々受講まで無料となっています。

世界一のコーチ・アンソニーロビンズ氏の世界でも数少ないプラチナパートナーのクリス岡崎氏主宰のコーチングセミナーです。このセミナーで人生を大幅に変えた人が続出しているという奇蹟のセミナー。

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【手首をつかまれるのが何故合気道では重要なのか?】その3

前回の続きです。井口師範は、実戦上意味を持たない手首をつかまれる稽古が何故合気道に必要と言われたのかをもう少し詳しく説明します。

井口師範からお教えいただいたその意義の中で最も大きな理由としてあげられるのが、合気道独特の力の出し方(呼吸力)を鍛えるためであるということです。

では何故、呼吸力の稽古が最もしやすいのかということですが、それは相手との接触時間が非常に長いことがあげられます。

そして、接触時間が長いことで、どんな特徴があるかというと
①相手の微妙な力の変化が分かため、相手の意図が読みやすい
②逆にこちらの力の変化が伝わりやすく意図が相手に読まれやすい

このように接触時間が長いと、相手の意図が読めるが、相手にこちらの意図が伝わりやすいという長所がそのまま欠点となる両刃の剣となります。

そこで学べることは、こちらの意図通り相手を導くことができるかという技術を磨くのに非常に都合がいいということです。

実は相手を導くには、こちらの意図が読まれてはいけないのです。ですから、相手にこちらの意図が伝わりやすい状況で、如何にこちらの意図が相手に読まれないかというスキルが非常に大切になります。要するにどう情報を遮断するかという問題です。

この情報遮断の技術は数種類ありますが、秘伝ですので、そのスキルはブログ上では説明いたしませんが、知ってしまえば「何だそんなことか」と思われることかもしれません。

でも、情報遮断ということをキーワードに一度研究されてはどうでしょうか?

【手首をつかまれるのが何故合気道では重要なのか?】その2

実は、井口師範ご存命のころ、私は井口師範の送り迎えを車でしていました。ですから、井口先生とマンツーマンでお話しできる機会がかなりありました。
井口師範は特に合気道の話は大好きで、喜んで疑問なんかに答えてくださいました。

稽古が終わったあと、井口師範をお送りするため、対向車一台すら通らない夜の真っ暗な田舎道をヘッドライトの明かりを頼りに走る車を私は運転をしながら、井口師範に疑問をぶつけてみました。
「合気道ではどうして手首を持つのが基本になるのでしょうか?」
と、少し遠慮気味にお伺いしました。

すると、
「それは、稽古やからや。普通の闘いで手首なんか取りに来るモンおれへん。何でかわかるか?」
と逆に聞きたかったことを質問で返されてしまい、一瞬戸惑いました。

私は
「殴った方が早いからですか?」
と、伺うと、
「ちゃう、ちゃう。そんなこと聞いてへん。手首取りにいく話や。手首って手の先端。だから闘いの時は一番速よ動くんや。だから取りにくい。そやから、手首とるより、襟元とか袖口とか掴みにいったほうが確実や。そしたら投げられるんや。柔道がそうやろ? だから手首のようなところ取りに行く奴おらへんのや。わかるね?」
とおっしゃいました。

「はい」
と、私が答えると、
「そやのにな、何故そんな稽古するんや? っていうことや。わかるか?」
師匠自ら、『手首は取るのは困難!』と宣言され、
『あえて手首を取られたときの稽古をする』と、
その矛盾点と必要性を指摘されたのでした。

「いいえ、全く分からないのです。そこが以前から不思議だったのです」
と私が答えると、
「馬鹿もん! そんなこともわからんと稽古しとったのか?……」
と声を荒げ、師範は目をむいてじっと私の顔を睨んでいした。

『あっ、まずいことを言ってしまった』
と、私が思った瞬間、
師範は、にっこりとほほ笑んで、
「と、いいたいところやけど、わからんやろなぁ。それはな。話は簡単、手首を持ってもらうのが、一番稽古しやすいからや」
とおっしゃいました。

井口師範のお話しはまだ続きますが今日はここまでとします。

【手首をつかまれるのが何故合気道では重要なのか?】その1

ずっと以前の話です。私の合気道が全く使い物になっていなかったころです。私はずっと一つの疑問に持っていました。

この疑問は結局自分では解決できず、井口師範にお伺いをして初めて理解できたことですが、その疑問とは、
『一般の闘いの場では、殆どありえないと思われる想定での稽古』についてです。

具体的にいうと
『相手が自分の手首を持ちに来た場合の対処方法の稽古を徹底的にすること』
です。

ご存知の方の方が多いと思いますが、合気道では投げ・抑え技など技を掛ける側が「取り」で、かかる側を『受け』という役割を決めて形稽古をします。

問題なのは、この『受け』が相手の手を取りに行く動作です。隙だらけの体勢で無防備に相手の手首を握るというところから始まります。

闘いの場においてこんな状況は殆どないと思います。あるとすれば、唯一、己より弱い相手を無理やり自分の方に引き寄せるときぐらいです。

例えば、酔っ払いが、若い女性に無理やり酒をつがせるような場合とか、不審者が女・子供を連行しようとする場合とかです。

そういった面では、女性や子供はある程度対処できる必要性のあるのは認めますが、それを徹底的に稽古する意味がわかりませんでした。

しかも、
『そこから投げや固め技に持っていく必要が本当にあるのか? 手首を外して、すぐに逃げるか、目潰しや金的攻撃などの急所への攻撃の方がよっぽど実用的では?』
という疑問も残っていました。

そこで、何人かの師範や師範代の方にお伺いしたところ、概ね2つの回答を頂きました
①『疑問を持たず素直に稽古しておればその内分かる』
②『昔は刀をもっていたので、刀を抜かせないために手首を持って防いだ』

①に関しては、指導者の指導に一々疑問をもつなというのはかなり乱暴に聞こえますから、私は論外に思いました。

また、②に関しては、よくよく考えてみると、すぐに切れない離れた距離にある状態から、わざわざ刀を抜かせないために相手の間合いの中に入って、手首を持ちに行くというのは非常に危険なことに思われました。タイミングが少しでもずれれば一刀両断されてしまいます。

そうなると、武士が手首をつかみに来るにはそれ相応の技術というのがあるはずです。

しかし、一般の稽古ではそういった想定はなく、ただ漠然と隙だらけで相手の手首を掴むだけです。

『こんな状況ってホンマありえへん」
と、私は思いましたが、折角、親切に説明してくださっている師範の方にそれ以上お伺いするのは失礼と思い、疑問をぶつけるのを失念しました。

読者の方々の中には合気道をされている方もいらっしゃると思いますので、何故手首を持つということが必要になるのかもう一度考えていただきたく思います。井口師範の回答が気になる方もいらっしゃるかもしれませんが、今回は控えさせていただきます。次回に井口師範の答えをあげさせていただきます。

【脱力について4 脱力とは合わせる技術】

これまで、脱力について書いてきたんですが、まだ今一つわかっていないという感想を持たれていると人が多いのではないかと思います。

それは、間違ったイメージがあらかじめ頭の中にあるからです。ですから、そのイメージをもって「力を抜く」ということをやっているのは、赤い色メガネをかけて緑を見るようなもので、どんなに目を凝らしても、黒く見えても緑には見えません。「何だ黒じゃん!」となる訳です。だから、必死になっても緑は分からないのです。

実は、という私も間違ったイメージを持ったクチでしたので、初めて井口師範の技を受けたとき、井口師範の繰り出し技は何と力強いと感じたものです。パワーが違うと思ったわけです。

私は、力を抜くというのは、取り(攻める役)も受け(受ける役)も柔らかいものだと思っていましたので、初めは何か違うと感じたモノでした。

しかし、師範は、「話は簡単! 力を抜いて合わせればいいだけ」と言われていましたので、全く理解ができませんでした。

確かに、フワッとした感じで投げられる技術もありますが、これは受けの状態を崩して行っているもので、技法の一つにしかすぎず、力を抜けばすべてそのようになるというものではありません。

そこで、脱力について理解を助けるために、もう少し「ぶつかる」ということについて述べていきたいと思います。

相手と「ぶつかる」という現象は、言い方を変えると、相手の力と自分の力が拮抗しているという状況です。

相手の力と自分の力が拮抗するというのは、相手も自分もある一定の方向に力をいれていてお互い反発しあっている状況ということです。

人間の力というのは、生理学的に考えると、一方方向に力をいれていると、いきなり他の方向には力がはいらなくなっています。これは当然のことで、ある方向に力をかけていて、急きょ別の方向に力をかけると、骨や関節に負担がかかるから、それを避けるようになっているそうです。

この事実を知っていると、「関節に負担を掛けない状態をつくれば、筋肉は使えるようになる。」ということがわかります。要するに脱力できないと力がでないということですが、単に脱力すれば相手の力に圧倒されてしまいます。

ここまでくると、「どう脱力するか?」がカギになるというのがお分かりいただけると思います。

その「相手に圧倒されず、どう脱力するか?」が、「合わせ」の技術です。

「力を抜け」というのはこの「合わせをしろ」ということであり、「力をぶつかりを回避する」ということですが、それは単純なものではなく、単に力を抜いただけでは相手に圧倒されます。

当会では、「合わせ」については、骨の技術の合わせ、皮膚の技術の合わせ、皮膚感覚の技術の合わせ、空間感覚の技術の合わせと4つの技法があり、状況によってそれぞれの適正があり、正しく使うのにちゃんと本質を分かっている必要があります。

【脱力について3 脱力のもう一つの意図】

合気道では片手取り、両手取り、諸手取りなどの技があります。
「相手に手を持たれたら」と説明されることが多いと思います。

しかし、井口師範は
「相手に手を持たれたらもう遅い。相手に手を持たせないといけない」
と言われました。

これを読まれている人の中に
「なるほど! 相手の『先を取る』のか!」と思う人もいると思います。

そう考えた人は合気道を武道としてとらえている方だと思います。確かにその通りです。
しかし、『先を取る』というのはその通りですが、「それだけを聞いても、具体的に持たせるというのはどうするのか?」という問題がのこっています。
多分どうしていいのかわからない人が多いのではないでしょうか?
これでは、99.9%の人は技の質は全く変わりません。

ではどう『先』を取るかというとですが、実に話は簡単で、『先を取る』には、単に相手に持たれたときに『脱力』するだけです。

しかし、本当に力をダラーンと抜いてしまったら技なんかかけられません。前にもお話ししましたが『脱力』といっても本当に力を抜いてしまうわけではありません。飽くまでも、自分自身に『脱力感』があるようにするとういことです。この具体的な技術を合気道では『合わせ』といいます。当会では『骨の技術の合わせ』と呼んでさらに具体的な方法を稽古します。

「でも、『脱力感』というのがどんな感じかわからない」と言われる方もいらっしゃるでしょう。それを知るには『脱力感』の反対は何かと考えていただければいいと思います。

以前にお話ししたように「脱力感」の反対は「ぶつかり感」ですね。相手の力にぶつかっている感覚があるのが「脱力感」の反対です。

このぶつかった状態を具体的にいうと、肩の筋肉にあたる三角筋、力こぶの上腕二頭筋の緊張があり、力が入っていると感じる感覚です。

実は、この状態は非常に危険です。何故なら、三角筋や上腕二頭筋の緊張は接触点を通じていち早く相手に伝わります。そうなると、相手からこれから自分がどのように動くかというのが手に取るように分かりやすくなります。これでは相手に技を掛けるということはできなくなります。

合気道の技を成功させるにはポイントは、「情報遮断。相手にこちらの意図を読ませないこと」ですから、『ぶつかり感』があるということはまるきり反対のことをしているということですので、この『ぶつかり感』をなくした『脱力感』が合気道の技を成功させる最大のポイントとなる訳です。

言い方を変えると『脱力』するのは、「相手にこちらの情報を遮断する」という意図があるのです。

【脱力について2 気の専門家も筋肉を使っている証拠】

前回の記事では「脱力」の意味と「気」の関係について述べ、「気」の専門家の空中腕相撲の話をしました。その際に「気」の専門家も筋肉を使っているという話しをしました。その映像をYoutubeで見つけたのでご紹介したいと思います。

この映像でもわかる通り、日本有数の「気」の使い手である宇城氏でさえ、前進の必要な筋力は使っているということです。
ただし、腕の筋肉は殆ど使われていない(全く使っていないのではないことに注意)ため、脱力感は感じているだろうということは分かります。

この空中腕相撲ですが、実は、私もよく会員の方にやるのです。これを行う自分自身は、そんなに力をいれている感じがありませんが、受けている方は「とんでもない力でなぎ倒された」と感じるそうです。

また、より敏感な人は「力を出しているのに思うように力が出なくなった」と感じます。人によって様々ですが、大切なことは「力が抜けてぶつかっていない」感覚は相手にはありません。

そう、「力の抜けた」状態というのは、飽くまでも自分が感じる非常に主観的なものです。ですから、相手はそうは感じてはいないということです。

合気道には、相手にフワッと倒されたと感じさせるソフトに導く方法もあります。しかし、合気道の技のすべてがそういうものではありません。

ちなみに、相手をソフトに倒す原理は、まず第一に、「相手のバランスを崩す」点にあります。相手はバランスが崩れているので、力が入らず単に落下するため、技の掛け手の力を感じずに倒されただけです。この方法については今回は話が外れるので述べませんが、「力を抜く」ことの大切な点は、自分の感覚として「相手の力とぶつかっていない」ということです。

【脱力について1 「脱力の意味と気の関係」】

合気道では腕や肩の力を抜けと教えます。
特別な素質の無い普通の人なら、「腕や肩の力を抜け」と言われても、簡単に力が抜けるものではありません。

正直、本当に力をぬいたら、腕がフニャフニャになり、技どころではありません。

合気道の指導者により、「筋肉を使わず、気を使う」と教えます。
「なるほど! 気のパワーか」と納得する人も多いでしょう。
ところが、「本当に『気』って何かわかってますか? あなたはそれを理解していますか?」という質問に科学的根拠で答えられる人は多分誰もいないと思います。

ところで、テレビ番組でもありましたが、「気」の専門家とボディビルダーが空中での腕相撲をする際に、筋電図を取ってみると、やはり筋肉は使われているというデータがあります。ただ筋肉の使い方が違うだけという結果となっています。「気」の専門家が本当に「気」だけで行っているのなら、筋電図では反応がないはずですが、ちゃんと筋肉に反応がありました。

ですから、合気道では筋力を使わないというのは大きな間違いだと私は考えています。「力を抜け」というのは、「筋肉を使うな」ということではないのです。腕を動かすには絶対に最低限の筋肉を使う必要があります。ここを勘違いしている人が非常に多いと思います。

それでは、「力を抜け」という本質は何でしょうか?
それは、合気道の技において適切な筋力の使い方をしたとき、「脱力感」があるということで、筋力を使っていないということではないのです。

さらに、の「脱力感」とはどのようなものなのでしょうか?
それは、相手とぶつかりが感じない状態を示します。

といいましても、相手は、非常に大きな力を感じていたり、重さを感じていたり、フワッと崩されていたりと状況によって感じ方が様々です。

このように「脱力感」というのは、非常に主観的な感覚なのです。

さらに、適切に筋力を使っていると「脱力感」以外に、「気の流れ」を感じます。特に「気の流れ」を感じるのは、身体全体が適切に、物理的に最も安定した強い状況で使われているときに感じます。

言い方を変えると、「気が入った」状態というのは、正しい身体の使い方ができたときに感じる状態と考えてもらった方がいいでしょう。

「気」が入ると強くなるのではなく、正しい身体の使い方をすると「気が入った状態」あるいは「気が流れている状態」と感じる人が多いのです。

といっても、正しい身体の使い方ができても「気が入った状態」を感じない人もいますので、感じないからといって正しい身体の使い方ができていないとは言えません。

このように「気」を感じようが、感じまいが、正しい体の使い方というのは人間であるかぎり、誰でもできますが、逆に「気が流れている」と思うだけでは、正しい適切な体の使い方ができるとは限りませんので、注意が必要です。

確かに稀に才能のある一部の人はそのように思うだけで身体が勝手にそのような状態になりますが、、普通の感性の人は、正しい身体の使い方を覚えて、初めて「気が流れる」感覚を感じるようにした方がいいと思います。

【形稽古の注意点】

8月4日、関東からある男性が、当会の技術の個人指導を受けに来られました。

この方は以前、空手をベースにしつつ、ムエタイやカポエイラを少し習ったと言われていました。

当会の技術に興味を持った理由を聞きますと、
「打撃系格闘技では、過剰防衛になる恐れが高く、また相手をかなり痛めないと護身に使えない点に疑問を感じた」
ということで、合気道関連についていろいろと調べていたら当会の映像に行き着き、当会の映像をみていると、
ただ事ではない何かを感じ、個人指導を受けることにしたとのことです。

個人指導を終えたこの方から、当会の技術を非常に高く評価していただき、大変喜んでお帰り下さいました。

ところが、今回私なりにとても反省させられた点を感じ、記事として書きました。

その反省点といいますのは、合気道初心者が形稽古においてやってしまうような失態をやってしまったことです。
具体的には、当会の「空間感覚の技術」の説明での実演の際、バットで一度頭を殴られてしまったのです。

バットと言っても、おもちゃのバットなので全然ケガはありませんが、【本質】の指導中に、【本質を忘れた動作】をしてしまったことに、指導者として深く反省をしております。

もう少しことの詳細を説明しますと、「空間感覚の技術」を説明するために、相手の方に、おもちゃのバットをもってもらって好きなように殴ってもらい、それを避(よ)ける技術を体験してもらおうとして、何度か殴りかかってきていただきました。

その何度かの繰り返しの際に、私はあろうことか、空間感覚の技術を用いず、単に機械的にバットを避けようとしてしまったのです。

特殊な技術を使っていませんし、おもちゃのバットは非常に軽いので素早く反応できますので、当然、頭を叩かれても仕方がありません。

しかし、つい機械的な動作に陥り、何も考えず迂闊に動いてしまったことはまだまだ修行が足りないとしか言いようがありません。

師匠は、「何も考えずとも体が自然に意図を作って動かなければ達人とはいえない」と言っていましたが、師匠の足元まで全く程遠いと思いました。おもちゃのバットは非常に軽いため、相手はこちらの動きに早く対応できます。それをわかっていながら、このような状況になるのは、本当に未熟としか言いようがありません。

会員の皆さんも、形稽古において私のようなミスをする可能性がありますので、勉強のため、今回の件をもう少し詳しく説明しておきます。

空間感覚の技術の使い方は
①相手との間合い、特に相手がどこで攻撃するかという間合いを測っておく
②相手がその間合いに入る前の瞬間に空間感覚の技術を発動する。
ということになります。

空間感覚の稽古では、よく皆さんもよくやってしまうことに、①をして、②のタイミングが遅れるのはよくあります。

ところが、私の今回のミスは、①すらしなかったことにあります。
(①をしないということは当然②もできないので、空間感覚の技術を使えなかったということです)
何度も技が繰り返されたため、つい気が抜けてしまい何も意図せずに動いてしまったのです。

これは、空間感覚の技術だけではなく、どの稽古においても会員の皆さんも充分注意する必要があると思います。形稽古をやっていてもっとも陥りやすい点です。形稽古では、何も考えずについ淡々と技をただこなしてしまいますと、気の抜けた稽古にしかなりません。意図をもって意図通り技に掛けなければ稽古してもしかたがありません。

しかも、こういった気の抜けた稽古は癖がつきます。癖がつくと、私のように肝心なときでも、ふとやってしまうことになりかねません。

このようなミスをしたことは、指導者として本当に情けないと思いますが、自己の反省と皆さんへの反面教師という意味から記事として書きました。

他の武術の当会的見解

インターネットビジネスの塾に入って、そこで記事を書かなければならないことがあり、中々進まないので、自分の得意な範囲で、武術の記事を書くことにしました。

ただ、普通に武道の紹介記事を書いても面白くないと思い、かなり独断と偏見で記事を書きました。

今回は、私の教わった合気道の技術をもとに、システマと少林寺拳法の柔法と中国拳法の発勁について、私の見解を書いてみました。

当会の会員の方に向けて書いた記事でもあります。他の武道の説明ですが、当会の秘伝技術での説明でもありますので、そのように理解して読んでいただきたいと思います。ただ、当会の技術の名称を使うわけにいかないので、「それぞれ当会の技術のどの技術のことを言っているのか?」を会員の方には考えて読んでもらいたいと思います。

少林寺拳法の柔法
http://bujutsu.whdno.com/p/1701/zkDXopJ11.html

システマ
http://bujutsu.whdno.com/p/1609/vuxTJNPU1.html

発勁! 一瞬で命を奪う中国拳法の恐怖の拳の爆弾!
http://bujutsu.whdno.com/p/1701/MB4wsTZS1.html

分からない会員の人もいると思いますので、結論から言います。当会でいう「骨の技術」の陽・陰を使っているというのが私の見解です。このように応用で巧妙な陽と陰の組み合わせることにより、考えられないほどのパワーを生み出す可能性があるということを示す例であると私は思っています。

それぞれの武術のすばらしさを如何に伝えるかという視点でかいたものです。ですから、それぞれの武道を批判をする意図はありませんが、あくまでも私の見解で書いた謂わば遊びで書いた文章なので、それぞれの武道をしている方は何か違うと思われたなら、飽くまでも私の独断と偏見で書いた記事なので、それはあなたが正しいのであって、無理に当会の技術にあてはめた私の見解が間違っているということなので、ご容赦お願いします。