「当会の技術について」カテゴリーアーカイブ

【アイパターン】

皆さん、お元気ですか? 僕は相変わらずメチャクチャ元気です。

さて、今日は 武道にも非常に関係がある アイパターンについて話したいと思いまします。


アイパターン

NLPでは、目の動きで相手の心理状態を知るテクニックをアイパターンと呼びます。

人は、心が動くと殆ど目から情報が出ます。嘘を言っているとき、罪悪感がある場合は、相手の目を直視できないということは誰でも経験することです。

このように、人は心理状態によって目が動くわけですが、さらにNLPでは、会話において、相手の目の動きによる心理状態を7種類のパターンで示しています。

先ず、基本的な考えとして、自分から見た相手の目の動きで、視線が右を向いているなら、記憶にアクセスしている可能性が高く、左に向いているなら、想像、要するに構成して作り出している可能性が高いと言われています。

要するに、視線が右なら過去、真ん中なら現在、左なら未来と考えると覚えやすいでしょう。

通常グラフでは左が過去、右が未来ですから、向かい合うと、相手の視線はその反対になるから注意が必要です。

また、意識状態を上げると、視線が上にあると視覚イメージを想起し、真ん中の視線は聴覚、視線が下にある場合は体感覚に関連した意識となっている可能性が高いそうです。

この2つを合わせると、左上、右上、左中央、右中央、左下、右下、中央の7つの組み合わせパターンがあります。


武道でのアイパターン

では、この7つのパターンが武道では役に立つかというと、全く役に立ちません。

武道では武道のアイパターンがあります。

どうして武道ではアイパターンが違うかというと、過去を思い出したり、何か新しい事を考えだすというような余裕が、身体活動ではないからです。

武道では、思い出すというより、パターン化された技をそのまま使うということで反射的に身体を動かしています。

ですから、そのパターン化された技において、どのような目の動きをするかという点に注目して相手の動きを読む必要があるということです。

基本的には、打撃攻撃なら、まず攻撃部位に視線をロックオンします。その視線を読めば、予め相手の攻撃を予測できます。

また、相手が掴みに来る場合でもそれは同じで、襟元を掴む場合は必ず視線は襟元を、袖をつかむ場合は袖、手首を掴む場合は手首と視線が移るので、その動きを読むことが大切になります。

ところが、相手の目を見ると、実はこちらの目をさらすこになり、こちらの動きも相手に分かるという欠点があります。

合気道では、その欠点を補うための目の使い方を秘伝として伝えていますが、殆ど教わっていない人の方が多いようです。

この目付の詳しい方法を説明するにはかなり複雑になります。もし、興味のある方は是非、護身術を学びに来てください。

また、目の使い方については、拙著の「相手をコントロールするエッセンスのセクション」に記載しています。もしご興味のある方はそちらを参考にしてください。

この目付の詳しい方法を説明するにはかなり複雑になります。もし、興味のある方は是非、護身術を学びに来てください。

また、目の使い方については、拙著の「相手をコントロールするエッセンスのセクション」に記載しています。もしご興味のある方はそちらを参考にしてください。キンドル版の本「力の弱い人でもできる唯一の護身術

 


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【アソシエイトとデソシエイト】

皆さんお元気ですか? 僕は相変わらずメチャクチャ元気です。

さて、今日はアソシエイトとデソシエイト。前回のポジションチェンジとよく似ているのでごっちゃにならないようにしてください。


アソシエイトとデソシエイト

前回のポジションチェンジという技法は、基本は相手理解にあります。ところが今回のアソシエイトとデソシエイトというのは、物事の自分の理解を検討するときに用いる技法です。

アソシエイトは自分視点で主観的に物事をみることです。

一方、デソシエイトとは、第三者視点で物事を冷静に客観的に見ることです。

NLPでは、喜ばしいできごとは、アソシエイトすることで、より喜ばしい出来事を、主観的により喜ばしく感じることができ、記憶に鮮明に残りやすくなります。

デソシエイトは、悲しいできごとなど、あまり喜ばしくない出来事に対して、あまり悲観的になると、悪いループに嵌ってしまいますので、これをデソシエイトすることで、客観的に見ると、自分にとって悲しいと思っていたことが、思うほど悲しい事ではないことがわかります。

仏教でこんな話があります。ある時、自分の子を無くした母親がお釈迦様のところにやってきて、子どもを生き返らせてほしいと泣きながら頼みました。するとお釈迦様は、誰も死者の出ていない家から芥子の実をもってくるようにといいました。それで、その母親は、 芥子の実を 求めてあちらこちらの家を訪ねましたが、当然ですが、どの家でも死者は出ています。それどころか、子どもを無くしていたり、幼いころ親を亡くしていたりとそれぞれ悲しい過去を持っている人にもたくさん出遭うわけです。そして、子どもを亡くして苦しんでいるのは自分だけではないと母親が気づき、子どもを弔ってから、自分自身の人生を歩み出したというお話しです。

母親が子供の死という現実にアソシエイトしてしまっているので、実際にいろいろな人の話を聞かせることでデソシエイトしたという例です。


武道的には

私たち合気道をやっているものにとってはアソシエイト、デソシエイトというのは非常に大切な考えでもあると思います。

というのは、どうしても、私たちは一つの技を行っていると、自分の思い込みで一つのパターンになってしまいます。

特に、合気道の技を行うとき、上手く行かないとほど、その部分に意識がいってしまいます。

例えば、お互いに正坐して向かい合って、技を受け手が技の掛け手のそれぞれの手首をつかみ、技の掛け手が相手を押し倒す 座り技呼吸法(呼吸力鍛錬法)というのがあります。

この技の稽古で、受け手の相手が強く逆らった場合、必死でその手首にかかる力を何とかしようとすると、全く技を効かすことができません。

これは自分の手首にアソシエイトしているためです。ところが、自分が受け手になった場合を想定すると、相手が手に力を入れて手首で何とかしようとしていると、多分「もっと力を抜いてやったらどうですか?」というと思うのです。

このように、技を掛ける際に、何かにこだわってしまったと思ったら、そこからデソシエイトして、冷静に俯瞰して自分の技を見るといいと思います。

技が上手く行っているときはアソシエイトで技に集中、相手とぶつかったときはデソシエイトで客観的に見ることでこだわりを消す。

アソシエイト、デソシエイトとても大切です。


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【ポジションチェンジ】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、最近はNLPに関連付けて合気道を説明していますが、今回はポジションチェンジということについて述べたいと思います。


ポジションチェンジ

NLPでは、相手の見方や気持ちを知るために、自分の立ち位置を変えることをポジションチェンジといいます。

人は自分の五感(視覚、聴覚、体感覚)を通じて得た情報を自分の中で意味付けを行ってそれを現実だと捉えています。

要するに、自分の外で起こる現象に対して人はインプット、プロセス、アウトプットの3つで反応しています。

そして、通常、人は自分からみた景色こそが現実ですべてだと認識しています。

そのため、自分で見たものがすべて、自分の体験が一番正しいと考えてしまいます。

しかし、自分で見たものと相手が見たものが違う可能性もあるわけです。

例えば、ルビンの壺という絵があります。あなたは、壺だと認識していても、あなたの隣の人は「人が向かい合っている絵」と認識している可能性もあるのです。

このように考えると、お互い同じ現実を見ているようで、全く違うものを見ているということは、実は日常でよくあることなのです。

当然、お互いに違った景色が見えているので、誤解が生まれたりや意思の疎通が上手くいかなかったりということが起こりえます。

そこで、ポジションチェンジをすることにより、相手の視点からも物事をとらえる事ができるようになると、相手を理解することができるわけです。


合気道とポジションチェンジ

合気道で技が上手く行かないとき、「自分勝手な技を行っている」と言われます。

本人は一生懸命に技をやろうとしているのに、自分勝手と言われるとかなりめげてしまいますが、それはあなたを自分勝手な人間と言っているのではありません。

自分しか見えていないということです。

合気道は相手の気、宇宙の気に合わせて技を行うものと言われていますが、要するに、相手と自分が一体となって技を掛けたとき相手が不思議とついてくるからです。

それは物理的に見ても当たり前のことなのです。自分も相手も体重がある訳ですが、自分だけを考えたときに動く中心と、相手との合体した体重で考えたときの中心というのは違ってきます。

物理学や数学では、中心と言わず、重心といいますが、物体を重心を中心にして回すのが一番エネルギーが少なくて済みます。

ということは小さな力で回すことができるわけです。一方、重心から離れれば離れるほど力が必要です。

自分勝手な技のときを考えると、自分で作った中心で相手を振り回そうとしている状態です。

ところが、相手と一体になった意識を持つと、相手と自分が一つという考えになり、回転の中心は相手よりに寄ります。

こうなったときにはじめて、相手は小さな力で動き出すわけです。

ポジションチェンジをして、相手の視点と自分の視点を比べ、そして相手と一つになった時の視点を持つことで技が変わります。

NLPのポジションチェンジ! 相手視点でものを捕らえる。覚えておくとよい技法です。


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【ペーシング】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今日はNLPのペーシングについて書いていきたいと思います。


ペーシング

前々回のミラーリングは視覚や聴覚や体感覚などを駆使して、相手のまねをすることで、相手に合わせて自分がついていくようにしました。

一方、ペーシングというのは、相手の動き、声、言葉、ステート
それに自分が合せながら、自分が徐々に相手と同じようにしていくことを言います。

例えるなら、音楽のリズムに合わせて、踊るような感じで、相手に合わせていくのがペーシングです。

そうすると、同志というような雰囲気を作り出すことができ、一種の共有空間を相手と持つことでができます。

共有空間を持つと、相手はコチラの意識に同調し、ラポール(信頼関係)を築いたり、相手への影響力を持つことができます。


ペーシングと合気道の合わせ

例えば、相手が手首を取りにこようとする動きに合わせて、あと2,3センチという状態のまま距離をキープするように動くと、相手は無意識にそのまま動こうとします。

ついには相手はバランスを失って、こちらの制御下に入ります。

相手が打撃してきたときも同様です。相手の動きに合わせて、こちらが回り込むと、相手と自分の空間自体が動いているように感じ、相手は攻撃が当たるまで、同じ動作を続けようとしてしまいます。

このように相手のペースに合わすことで合気道では相手をコントロールします。

ただし、間違ってはいけないのは、相手の手の速さに囚われることです。大切なのは、相手との距離感、相手の体の動く速さにペースを合わすことです。


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【キャリブレーション】

皆さん、お元気ですか? 僕は相変わらずメチャクチャ元気です。

さて、前回から、このブログではNLPの語と合気道の語で比較して記事を書き始めているのですが、心理療法で使うNLPと案外合気道の考えが一致していることに気づきます。

今日は、キャリブレーションです。


キャリブレーション

NLPでは、人の行動はインプット、プロセス、アウトプットでなりたっているといっています。要するにまるでコンピュータのように何かが入ってなにか起こって出ていくということです。

自動販売機もそうですね。飲み物の自動販売機だと、お金をいれると、お金に見合ったボタンが点灯しますが、要は中で色々な事が起こっていて、希望のボタンを押すと結局、飲み物出てきます。

だから僕たちは、この記憶や体験に入ってくるもの、要するに入力が、視覚、聴覚、体感覚などの五感です。

僕たちの体や意識の中には、五感で見たり聞いたり感じたことが初めて頭の中に入ってきて、それが頭の中や心の中でいろいろプロセスされて外に出ていくわけです。それが行動だったり表情だったりするわけです。

NLPでは、キャリブレーションといって、コミュニケーションの中で相手の中でどうプロセスされているかを相手が五感を通してインプットしているものとアウトプットされているものによって どのように プロセスが成り立っているかを判断します。


キャリブレーションとは合わせ

これは実は、合気道でもやっています。ただし、合気道の場合は、視覚情報と感覚情報が中心です。

特に合気道では感覚情報が非常に大切になっていて、そのために、片手取り、両手取り、諸手取りなどの手首をつかみに行く技に対してかなり稽古の時間を割くわけです。

だから「持たれたら?」という考えではなく、持たれる感覚を感じ、その感覚をインプットとして、自分の中で相手の力を感じることで、相手がどうプロセスしようとしているのかを感じ取り、それに対応するというものです。

そこを理解していないと、ただ見た目の形を真似しているだけになります。

要するに、合わせというのは、キャリブレーションということです。

相手の動きに同調し、相手と一体になるために、相手のプロセスを理解して、相手のプロセスを妨げず相手の中に入ることで、相手をコントロールする切っ掛けとなることです。


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【ミラーリング】

皆さん、お元気ですか? 僕は相変わらずメチャクチャ元気です。

さて、NLPでは、ミラーリングというテクニックがあります。NLPでは、相手との信頼関係を築くのが ミラーリングの目的 です。

ところがこ原理を使うと相手を簡単に導くことができるのです。合気道では「合わせ」というカテゴリーにすべて入ってしまうので、非常に分かりにくいのですが、チャンクダウンする(抽象度をさげる)と、NLPのミラーリングということになります。


ミラーリング

心理学の実験で、人は自分と同じような動きや言葉や雰囲気がある人に好感を持つことが分かっています。

そこで、NLPでは、視覚や聴覚や体感覚などを駆使して、相手のまねをすることミラーリングと呼びます。

そして、相手の動きを追随することをトラッキングといい、このトラッキングを少しずつ早め、タイミングを合わしシンクロします。

さらに、タイミングを早くしてこちらがリードするように動くと、相手はこちらの動きに自然と追随するようになります。

心理学では相手とのラポールといって信頼関係を築くのに使われる手法ですが、これは合気道の合わせの一手法に共通しています。

しかし、合気道では、一くくりに「合わせ」という言葉で技を説明してしまうところが、合気道を非常に難解にしている点だと僕は思います。

「合わせ」とは何かというと「気に合わせること」なのですが、「気」というものも非常に曖昧でわかりにくいものですから、その「気」に合わせるとなると、分かるようで分からないのが普通じゃないでしょうか。

でも日本人であると、「気」といわれると何か分かった気になっちゃうのがサガなんでしょうね。


空間感覚の合わせ

そこで、当会ではNLPのミラーリングやトラッキングに相当する動きを空間感覚の合わせという名前をつけて、抽象度を下げて稽古します。

空間感覚の合わせというのは、相手との心理的距離を変えず、まるで自分が相手の鏡のようにふるまい、相手との間に透明な壁があるような動きをします。

すると、自分と相手との間に一種の特殊な空間ができ、こちらが動くと相手も自然tとこちらに追随するようになります。

僕はこの感覚を通じて、相手の目を回すような動作をします。

これはスパーリングなどでも、実際に使いましたが、相手が僕とスパーリングをしていると目が回りだすと言い始めました。

あまりこれをやりすぎると相手が嫌がるのでたまにそういう技術を使っていたのですが、そんなことをしていると、「妖術使い」という変なニックネームで呼ばれるようになりましたが、実際に使える技術ですから、研究してみてください。

合気道でのミラーリングのポイントは目玉を動かさないという点です。


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【距離ゼロのパンチのQA】

皆さん、お元気ですか? 僕は相変わらずメチャクチャ元気です。

さて、先日の1月28日の記事に関してコメントを頂いたのですが、体の健康にもかかわる問題も含んでいるので、ブログとして回答することとしました。


衝撃力を出すにはどうするか?

Q:
距離ゼロでパンチを打つと、どうしても押したような感じになるんですが、キレのあるものにするコツはありますか?

A:

コツは、離れた釘を金属棒を介してハンマーでたたくということです。
この場合、離れた釘が相手、金属棒が自分の腕、ハンマーが体となります。

別の例で言い変えると、ミッション型の車でエンジンのパワーを伝えるためにクラッチがあります。クラッチが肩になっていて、エンジンのパワーが体の加速で得られた運動エネルギー、そして、タイヤへのギアが相手となります。
運転の下手な人が、いきなりドカッとクラッチをつなぐと、車がガクンガクンと大きく揺れますね。そんな感じで伝えると、衝撃が相手を襲います。


健康を害することへの対策!

コメント
「基本は体当たり」という言葉を改めて意識すると、ちょっと発勁*動作の大きなヒントになったような気がします。
ゼロ距離だと難易度が高いですが、多少距離があっても力みを極限までなくして腕や肩を脱力して身体の中からの力を伝えるには、最初からいきなり強烈な打撃を練習しないで、ゆっくり重さを伝えることができるようになってからスピードを上げる練習が効果的かなと思いました。


*発勁:中国武術独自の打撃法のことです。発勁には距離により尺勁と寸勁、暗勁など種類があるようです。
なお、発勁というのは質問者の表現で、当ブログのでの解説は発勁ではなく、合気道の打撃法である当て身の行い方を説明したものです。

 

A:

確かに、そのやり方が安全ですね。衝撃を伝える稽古をすると肩甲骨の周りの筋肉が半端なく張り、かなりの肩こりに悩まされます。

それでも無理してつづけていると、僕の場合は、脾臓が腫れて半月ほど入院してしまいました。

しかし、そのような安全な稽古だと中々衝撃力が付きません。そこで、衝撃を後ろに逃がすよう、自分が後方に吹っ飛ぶようにします。言い方を変えると壁に弾かれるような感じです


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【攻撃に対する合気道の受け】

皆さん、お元気ですか? 僕は相変わらずメチャクチャ元気です。

さて、前回は相手の期待を裏切るという話でした。この期待を裏切るという一つとして、受けが攻撃という考え方をご紹介します。


打撃の受け

合気道では、打撃の攻撃に対して、それを受け手から投げ技に転じるという形稽古を多く行います。

ところが、打撃はその場で止めないですぐに引く上、連打と言って次の手や足で攻撃するというのが普通である 打撃系の人達から見ると、 ウソのように見えるのが事実です。

では、「合気道では、ボクシングや空手の連打を簡単に防いで投げ技に転じる技術があるのだろうか?」というと、ちゃんと技術として存在するというのがその回答です。

しかし、そのためには打撃とは何かという研究と体験をしておく必要があると思います。

現在、多くの道場では、合気道の打撃法である当て身の訓練というのは殆どしないと聞いていますが、理屈だけ聞いて、打撃の受けができるようになれるかどうかは分かりません。

僕の場合は、僕は運動神経が鈍いから、打撃の対策の稽古のために、極真カラテを少しの間だけ学びました。

というのは、合気道の道場だけだと、パンチが甘いからです。ですから、渾身の力で繰り返される打撃を捌く稽古をしないと難しいと思ったのです。


合気道の受け

僕が井口師範から学んだ合気道の受けは、受けというより攻めといったほうがいいかもしれません。

攻撃が来たら受けるというのではなく、相手の攻撃の意図が出た瞬間に、相手の攻撃に当たりに行くようなタイミングで受けを放ちます。

このタイミングで受けると、相手はある理由で体が動けなくなります。所謂、金縛りになるのです。

このタイミングと受けの特別な技術があるのですが、それを併用するのです。

じっとしている相手だと、技を掛けるのは非常に簡単ですよね。

ですから、合気道では上級者は、早いパンチでも投げ技に移ることができるのです。

このように、合気道では他の武道とは発想が異なるため、相手が混乱します。そしてそういった発想を秘伝として表に出さないのは、相手がその技術を知っていると対策されてしまうからです。


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【要は認識の問題】

皆さん、お元気ですか? 僕は相変わらずメチャクチャ元気です。

さて、今日は認識ということについて話したいと思います。


一つのことに囚われると他が見えない

人は物を見る際に、必ず認識というフィルターを通してものを見てしまいます。

例えば、次のような話があります。

ある家で、兄と弟の二人兄弟がいました。あるとき、弟が自分の部屋の電球を交換しようと透明の電球をもっていました。

すると、母親が「それは後にして、先に昼食をとりなさい」といわれました。

そこで、弟は食卓にその透明の電球を置いて昼食を済ませました。

さらに、弟が食べた後、兄がやってきて弟が座った席で昼食を取り、食事を終えてから自室に戻ろうとした階段で、弟とばったり出会いました。

弟は電球を置き忘れ、どこに置いたかわからなく、あっちこっち探していたところだったのでした。

ところが、目の前に電球があったにもかかわらず、兄は全くそれに気づいていなかったので、弟と一緒に、あっちこっち探しまわり、ついに見つけることができませんでした。

そして夕食時期まで探して、見つけることができなかったので、明日、電球を買うしかないといって、兄弟が夕食のために食卓に着いたとき、鬼が目の前に電球があるのを発見しました。

確か、さっきは電球何てなかったのに、突然現れたかのように電球が目の前にあり、鬼は非常に不思議に思いました。

これとよく似た経験をすることってよくありますよね。このように、目の前にあっても見ていないということが実際に日常の生活ではかなり多いのです。

では何故、兄はあるのに、見ることができなかったのでしょうか?

それは、食卓にあるはずのない電球があり、その時は兄は電球に興味がなかったから、電球は彼の思考の外にあったからです。

このように思考の内をフレームとNLPでは呼びますが、フレーム外の事は人間は認識できないようになっているのです。


期待を裏切ると技にかかる

前の話を前提に合気道の話にもどりますと、合気道の技は多くの人が非常に不思議に思います。

それを気の力だという人もいますが、実は、相手の認識をコントロールしているだけなのです。

例えば、相手と闘う場合、相手は自分を力づくで倒そうとするという考えが必ずあります。

その期待を裏切ってやると、彼の中のフレームの外の行為になってしまいます。

そのため、倒すのではなく、相手のフレーム外の行為である「相手と一体になる」という意識を持つと、相手はこちらがどう攻めてくるのか全く見当がつかなくなります。

そして、相手と一緒に落ちていくという気持ちになる。すると、相手は何故か引きずられて、相手が先に倒れます。

これが相手と一体になると相手が勝手に倒れるという原理です。

早い話が、相手がこちらの力が認識できなくなるので、軽い力で倒れてしまうのです。


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【人はまるでパソコン】

皆さん、お元気ですか? 僕は相変わらずメチャクチャ元気です。

さて、僕は今NLPという心理学の分野を勉強していますが、これが非常に武道に役立つと考えています。

そこで、今回は、NLP的にみて、人の行動について述べてみたいと思います。


人の行動は一種のプログラム

コンピュータというのは、もともと人の思考パターンを模倣して作られたものだと聞いたことがあります。

それで、コンピュータは、ある一つの入力に対して、一つの決まった出力が得られる関数を実行する機械ということもできます。

これは、コンピュータだけでなく、人についてもいえることで、一つの入力に対して、一つの決まった出力パターンを持っています。

例えば、モノをつかむという単純な動作でも、まず、目でみて距離感を測り、最短コースでそのものの上に手を進ませ、そしてつかむという行為を順序良くこなさしています。

このようにパターン化された動きだと、見た目も非常に自然で、力の入れ具合も、適切な時に適切な筋力を用いて、最小限度のエネルギーで動きます。

そのパターンを利用すると人をコントロールすることができます。


パターンを見ると対処法はいくらでもある

では、武道でのパターンを見ていくことにしましょう。

武道のパターンを大まかに分けると、打撃系と組技系に分かれます。

目標をロックオンして、攻撃を発射し、当てるというのが 打撃系の典型的なパターンではないでしょうか。

一方、組技系は、相手を捕えてから、技にかけるというのが基本スタンスですから、まずは、どこを捕らえるを決め、目標をロックオンして、目標に手を伸ばし、目標をつかまえ、技への推移となります。

共に共通しているのは、ロックオンする点と目標に向けて攻撃(打撃か捕縛)を実行するところまでです。

ここまでの動作なら、共通した対処ができそうですが、それ以降になる違った対処になるのが分かると思います。

そういった点を考えると、合気道は非常に合理的に稽古できるようになっていると言えでしょう。そのため、打撃攻撃と組技攻撃に対する形があるのです。

このことから、合気道のそれぞれの形でも、どのタイミングにフォーカスするかで、技の掛け方も違ってくるというのが分かると思います。

ですから、合気道の技は一期一会と、井口師範がいったのです。要するに、一つの形でもやり方は何通りもあるということです。


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