【古い合気道、神道の儀式の効果】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今日は古い合気道で行われていた神道の儀式についての心理学的見解を述べたいと思います。

古い合気道にある神道の儀式

古い合気道では、稽古の前に祝詞を奏上するところから始まりました。

ところが、最近は公の場で特定の宗教を行うのはよくないという考えから、祝詞を奏上する道場は殆どありません。

しかし、井口師範がご存命の頃は、合気道の稽古に祝詞を必ず奏上して稽古を行ったものでした。

また、必ず稽古前には天の鳥船の行と振り魂(ふりたま)を行いました。

僕は最近、心理学のNLPというものをやるようになって、この祝詞の奏上などの神道の儀式というのは非常に大事じゃないかと思うようになりました。

要するに心理学的な見地から非常に有用性が高いと思うわけです。

 


人は小宇宙

神道では、世界、すなわち大宇宙は大宇宙神であるスの神そのもので、人間は、そのスの神の霊から分けていただいた分け御霊(わけみたま)であると捉え、小宇宙であると解きます。

そして小宇宙である人間は、神に備わっているすべてのものを受け継いでいて、同じことができるものと考えます。

言い方を変えると、一人一人すべての人間は非常に価値があり、とても大きな可能性に満ち満ちていると考えるわけです。

しかし、自分の周りを見ても、大きな能力を発揮できている人は稀で、自分ではとてもできそうにないと人は考えてしまいますし、思うようにいかないのが普通です。

それは、神道では、穢れているからと説きます。

穢れるというと、汚い、汚れたという印象を持つ言葉ですが、本来は「気が枯れる」状態を表します。

気が枯れるというのは、悪い気(邪気や濁気)に侵され、よい「気」が不足した状態が「穢れた」状態です。

そこで、禊ぎを行いますが、これは自分は穢れたと自覚して、悪い気を払い、よい気を補給することを自覚するための方法と考える事が出来ます。

安定した精神を神道の儀式によって取り戻し、人間本来の力が発揮できるようにするものと僕は考えています。

ですから、神が実際にいるかいないかに関わらず、脳から見た健康という面では非常に重要なもと思っているわけです。

 


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