【フレームはもろ刃の剣】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、ブログの方を書こうと色々と考えているのですが、最近はネタ切れとNLPのフレームの考え方で自分の捉え方が間違っているという指摘を他の人からもらい、確認をとっていたため、本日書く予定の内容がかけたくなりました。結局、フレームの考えは自分の捉え方でOKでした。

このフレームは、合気道では非常に大切な概念ともなりますので、フレームということを今回は話していきたいと思います。


フレームとは捉え方

何度かこのブログでもフレームということについてお話ししましたが、今回は少し突っ込んでお話ししたいと思います。

フレームというのは、ぶっちゃけると、「ある物事に対してその人はどういう風に捉えるか」という捉え方です。

こういうと、若干誤解を招きますので、もう少しコンピュータサイエンスを使って説明したいと思います。

例えば、僕たちは、ホンモノの車をみても、省略したイラストを見ても、それが車だと認識できます。

ところが、これをコンピュータに認識させようとすると非常に大変なのです。

ですから、そのイラストを見ると、「あっ、これがタイヤだな」とすぐに判断が付きますが、コンピュータに判断させるには非常に大変なプログラミングが必要になります。

これがコンピュータサイエンスにおける「フレーム問題」といわれるもので、フレームの概念がなければ、AIで将棋をコンピュータにさせることすらできません。

その場で、最適解を求めるのはフレーミングという条件を枠を切って絞り、意味付けすることで、そこにある意図にあった最適解を見つけることができるのです。

このフレームを人間は自然と作り出して、物事を判断しているのです。


フレームはもろ刃の剣

ですから、人が目的をもって動くときは必ずフレームが存在します。

ところが、フレームとは、状況から条件を絞るということですから、フレームの中にある条件以外のものは全て見えなくなるという欠点があります。

以前、話題にしたルピンの壺ですが、見方によって、二人の人が向かい合っているようにも見え、真ん中に壺があるようにも見える絵があります。所謂だまし絵というやつです。

人が向かい合っていると脳が判断した途端、壺と見えなくなり、壺だと判断したと途端、向かい合った人が見えなくなります。

このように一つの範疇で物事をとらえたとき、別のものが見えなくなるという現象があります。

ですから、フレームはものごとを判断する基準であり、一方物事を見えなくするものでもあるというもろ刃の剣のようなものでもあるのです。

このフレームというのは、生きている上で常に僕たちの中に存在します。

ということは、武道でも技を行う際には、必ずフレームがあるわけです。ですから、当然、盲点となる部分が現れてきます。

合気道では、相手のこういったフレームに当たるものを巧みに利用することで、力のいらない技術を実現しています。

少し前の記事が理解できないという人がいたので別角度から説明をしてみました。


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