呼吸力の誤解

合気道をしていると、「呼吸力」という言葉を、「筋肉を使わない、気を使った力」と指導されることがある人もいると思いますが、その場合、殆どの人は『気って何だろう?』と思いながらも、「なるほど」と納得した顔をされているのではないでしょうか。「気」は日本では常識になっているので、あまり詳しく聞けない雰囲気もありますが、結局わからず、雰囲気で納得していると思います。

そこで、気のトレーニングとして、超能力の訓練のようなことをしようとする人が現れ、やれ滝行や神社まいりやと、果ては、宗教にまで走る人までいる始末。

しかし、宗教を少しやっても、禅を少しかじっても、悟りを啓いた気になるだけで、呼吸力など全くつきません。何故なら、一つの宗教を何十年もやっても極められる人は本の一握りの人だけです。中途半端にかじったぐらいで、呼吸力がつくようなら、宗教を子供の時からやっている人の呼吸力はすごいはずですが、そんな話は聞いたことがない。

ところで、もともと「呼吸力」の「呼吸」という言葉の由来は、倭言葉(やまとことば)の「イキ」という言葉にあり、「イキ」には、当然、酸素を吸って、二酸化炭素を吐くという本来の呼吸の意味もありますが、古来から日本では、職人や芸の分野で、熟練を表すことにも「イキ」という言葉が使われ、調子やリズムから、芸事の深い要領まで表しました。

ですから、「呼吸力」の「呼吸」という言葉は、「阿吽の呼吸」(二人のやり取りのタイミングがぴったりと合っていて、所謂「息が合った」状態のときに使われる言葉)に代表される「呼吸」と同じような意味合いで使っているわけです。

ですから、「呼吸力」というのは、単なる力などと違って、熟練した力の出し方ということになります。特別な超能力ではありません。

下の映像は、呼吸力VS筋力とタイトルしている通り、力比べを映しています。映像からお分かりになると思いますが、力の出し方がわかりませんので男同士だと単なる力比べにしか見えないと思いますが、普通の体形の女性が筋肉質の男性を押しているところがこの映像のポイントです。胸の厚み、腕の太さもかなり違います。多分、体重は20キロ以上の差で、筋力は2倍以上の差はあると思われます。

この「呼吸力VS筋力」のタイトルでは、誤解を受けるかもしれませんが、誤解を避けるために、呼吸力でも、筋力は使われています。ただ、熟練した特別な技術で、単なる筋力と異なった力の使い方とご理解いただきたいと思います。

* * * * * * * * * * * * * *

また、今の合気道の一部指導者に、「呼吸力」の「呼吸」という言葉をそのまま受け取り、「息をしっかり吐きながら技をかけよ」と指導する方がいらっしゃると聞きますが、これは非常にナンセンスです。

確かに、中国拳法では、「はー」とか「ふん」とか息を吐きながらパンチを打ち込む動作をしますが、これには腹式呼吸と連動して行う発勁という特殊な力の出し方を行うのに使うもので、一瞬に溜めた息を、爆発呼吸で、パワーを倍加するという意味があります。中国武術には中国武術の理論・術理があり、それに則って行われているわけです。

一方、合気道で息を吐けと指導する方はいますが、何故そのようなことを言い始めたのか根拠がないと思います。開祖・植芝盛平翁先生がその様に言ったという話しはどこにも無いように思います。

また、投げ技をする際に息を思い切り吸って、悠長に「ハ~~」と相手にわかるように息を吐いていたら、技を掛けるタイミングがもろ分かりで、簡単に止められてしまいます。

呼吸の仕方については、合気会系の合気道ではあまり口うるさく言われませんが、例えば、達人と名の高い養神館の創設者・塩田剛三師範は、著書「合気道人生(竹内書店新社)」では、技を掛ける場合の呼吸を「吸う・止める・吐く」と次のように説明しておられます。

「ある一つの技をかける場合を考えてみますと、技をかける前に息を吸い、技をかける時は息を止め、かけ終って息を吐く というのが典型的パターンでしょう。
・・・真に力を一点に集中しようとすれば、息を止めて、それだけの動作にしぼるわけ です。しかし、息を止める時間が長いと、その間体内の酸素の欠乏度が高まり、 ・・・これが疲労に通じるわけです。
息を 止める時間は短ければ短いほどいいので、合気道の技は一瞬にして決める、というのも、そこにあるわけです。」

また、
「絶えざる稽古と研究の中で、自分の吸う息、吐く息、止める息の強弱、長短と、すみやかな重心の移動とがバランスが とれ、自分の体がリズムに乗るかを体得することです。
その時こそ、体が軽く、楽に動き、しかも技の効果が大きく、 疲労度も少ないことがわかり、合気道の素晴らしさを自覚し、一層修行の楽しさが増すことでしょう。」

この文章は、呼吸力については直接言及していませんが、ただ息を「ハ~~」と吐きながら技をかけることではないということはわかると思います。最後に故・塩田剛三師を知らない方のために、塩田師の映像を載せておきます。

なお、私の師・故・井口雅博師範は、合気会で、私は養神館の合気道に関しては詳しくありませんので、お門違いということもあり、塩田師の技については言及しませんが、合気会の技でも十分共通するところはたくさんあると思います。

iQiPlus

 

「呼吸力の誤解」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 呼吸力 | IAM護身術

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください