【相手の土俵で闘わない】3

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、相手の土俵で闘わないという点から、今回は意識のあり方について話したいと思います。


二足歩行の癖

人間が二足歩行で生活するため、常に外部からの力を感じ、その力を支えとしてバランスを取ろうとします。

さらに、攻撃など相手に対して何かモーションを起こしたとき、目的の行動に向かって、その行動が完成した時点で最大のバランスがとれるように動きます。

この二点を良く理解すると、自分の取るべき行動が分かると思います。

合気道は二人一組になって形稽古を行い、自分の役割を明確に決めてから稽古を行っていますから、あなたが技の掛け手である取りなら、この二点を如何につかって、相手の土俵で闘わないかを感じながらする必要があります。

・どのタイミングが相手にとって不利なのか?
・どの方向が相手にとって不利なのか?

このポイントをシッカリ感じながら、自分の動きをきめるのです。

そうすることで、例えば、受けが取りの手首をつかんだとき、受けは何とも言えない違和感に包まれます。

この理由は、受けが掴んだ時点で既にバランスを失っている自分を発見するからです。

これが相手の土俵で闘わない闘いかたです。


受けと取りの役割を演じ切る

合気道の形稽古は必ず二人一組になって行うわけで、しかも受けと取りという担当をはっきりと決めて行います。受けは飽くまでも受け、取りも飽くまでも取りで形が成立しています。

合気道では、合気道修行者は、何故、試合はなく、形稽古だけをするのかということを理解する必要があります。その深い意味するところを理解しないといけません。

技の受け手である受けは自分の役割きっちり行い、技の掛け手である取りは、気持ちを受け身にせずに、「合わせる」という意志をもってしないといけないのです。

受けの役割とは、「技にかかってあげる」のではなく、ちゃんと「攻撃の意図を相手に伝えてあげる」ということです。

取りの本来の役割は、相手に協力してもらって形を演じるのではなく、相手との和合です。「どの動きで、受けは力の支えがなくなり、自らが勝手に崩れていく」ということを取りは目指す必要があります。

それにより、相手のバランスのあり方を知り、相手の流れを理解して、陰陽図(太極図)のように相手の空間と相手の力を含めた相手自身と自分の空間と自分の引力を含んだ自分自身を和合していくことになります。

合気道の精神は、共存共栄・相互扶助ではないといけません。それを考えるならなおさら、相手の進化発展を考え、受けは真剣に「攻撃の意図」を取りに伝えないといけません。

また、 取りは受けの攻撃の意図を理解して、それとぶつからず、それに合わせる ことを目標に技の錬磨をする必要があります。

「攻撃の意図」があると見た目は殺気があるように見えるかもしれませんが、本当は相手を痛めつけるというのが目的ではないのです。

「攻撃の意図」が伝わればいいのであって、相手を危険に陥れるわけではありませんから、それが平和を目指す合気道にはふさわしくないと考えるのは、形式主義にこだわリ過ぎているからにほかなりません。

合気道は頭で考えるのではなく、体で感じるものです。頭で考えて、相手を痛めるような技はふさわしくないとして、当て身の仕方すら教えないのでは、本来の共存共栄、相互扶助にはなりえません。


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