統一体を作る立禅

皆さん、お元気ですか? 僕はめちゃくちゃ元気です。

さて、前回は統一体というのは合氣道の稽古において非常に重要な位置を占めていて、しかも古い稽古ではシステムとしてちゃんと組み込まれていたというお話をしました。

具体的には合氣道の準備運動の中に座禅、古神道の天の鳥船の行や振魂の行などがそのシステムをなしていたということでした。

なお、この古いシステムでは、統一体をつくる基礎として座禅を使っていますが、当会ではより応用がきく中国武術の立禅を採用しています。そこで今回はその立禅を紹介したいと思います。

このブログでわかること

合氣道の準備運動に組み込まれている禅の真の意図が理解できます。さらに、その意図をより効果的に実現できる立禅のやり方を覚えていただくことができ、より一段と高い稽古ができるようになります。また統一体が理解できることで様々な方面で応用ができるようになります。

目次

立禅の意義
立禅の注意点
立禅のやり方
立禅の完成度チェック法
立禅と日常の姿勢と統一体

立禅の意義

合氣道の準備運動で座禅が組み入れられている道場があると思います。ところがどうして座禅をするのかということについてはかなり曖昧に精神統一の一つと教えらえることが多いように思います。

古い合氣道では準備運動の中に、システムの一環として座禅、天の鳥船の行、振魂の行が入っています。これは後にくる形稽古にリンクできるように一連のつながりをもって組み立てられていて、ここを理解していると呼吸力と呼ばれる力が得られやすくなります。

当会ではその流れに従いつつも座禅の代わりに立禅を採用しています。その第一の理由は、座禅より統一体が自覚しやすい点です。具体的には立禅は統一体になっているかどうかのチェックが容易なのです。

中国武術では立禅を站椿(たんとう)と呼んで必ず稽古の中に含まれています。站椿では足腰の鍛錬も含まれていますが、当会では統一体を作る目的で行っていますのであまり低い姿勢での立禅は行っていません。

この項の最後として立禅のメリットを挙げておきます。
・身体の安定感が養われる
・精神が非常に安定する(はっきりと自覚できる)
・内臓の働きが良くなる
・集中力がつく

立禅の姿勢は注意が必要!

立禅のやり方を説明する前に、立禅での姿勢での大切な点について説明します。といいますのは、スポーツ科学で言われる正しい姿勢と立禅での正しい姿勢があまりにも違うため誤った立禅をしないように誤解を最初に避けておくために「立禅での姿勢」について最初に話します。

一般的に正しい姿勢というのは、下図の右側の図のようにヒップアップ (骨盤を前傾) し、背骨がきれいなS字を描く姿勢です。

一方、立禅の姿勢は、下図の左側の図のように背骨が縦に直線に並ぶように立ちます。 この立ち方では、地面からの力が損失無く直接リアルタイムで時間損失無く伝わることで、地面の力を借りて安定が得やすいというところにあり、合氣道独自の力の呼吸力を出す基礎でもあります。

ただし飛んだり跳ねたりするには向かない姿勢でもあります。飛んだり跳ねたりする場合は、やはり西洋式の良い姿勢の方が 、背骨に直接掛かる圧力をS字で上下方向にたわむことで吸収して分散させ、圧迫骨折などの危険から免れる 効果があります。

ですから場面によって使い分けが必要です。

立禅のやり方

前項の背骨をまっすぐに立てるということを踏まえて、立禅のやり方を説明していきます。

まず足幅は肩幅に開き、左右の足を平行になるように立ちます(ハの字や逆ハの字は無効)。

膝を少し曲げ(体力のない人は軽く曲げる程度で良い)、骨盤を後傾(性器を前に突き出すようなしぐさ)させて、背骨をまっすぐに立てます。基準ですが、どれぐらい真っ直ぐにするかといいますと、柱のコーナーに背骨を当て、尾骶骨から首の元まで隙間がなくなる位にします。はじめは多くの人は腰当たりが浮き、指が入りますが、密着できるように訓練が必要です。

さらに体が前後に傾斜しないように、まっすぐ立てて、手を真下に垂らし、掌を少し反らして力を籠めます。

中国武術の立禅(站椿)で多いのが手を前に向かい合わせにするのが多いですが、当会では、太極拳のある流派の初級の立禅に習い地面を感じることができるように下に腕を垂らします。

これは合氣道の基本である一教での腕を抑えたときの呼吸力をつけるためでもあります。

視線は前方に向け、視野を広くとり、周りの状況を広く見渡せるようにします。目は半眼といって、目を細めます。

立禅の完成度チェック法

立禅がうまくできていると、身体は統一体となり非常に安定した姿勢となります。そこで統一体のチェックとして、左右の真横から力を加えてみます。その際、押した側にふらつかずどっしりとした感覚があればOKです。

次に手を折れない腕を作る際のように気が入っているのをイメージしてもらい、チェックする人に腕を上方に力を加えてもらいます。体がぶれず、チェックする側の人がかなりの重さを感じたなら、腕の状態はOKです。

立禅と日常の姿勢と統一体

立禅を指導しますと、日常の生活や運動する際にこれをどう取り入れるかという質問がときどきありますので、ここではそれに対する回答を述べたいと思います。

立禅は飽くまでも安定性を感じるための立ち方であり、中国武術の特殊な力である勁や合氣道の呼吸力が最も習得しやすい形であるというだけで、実際は様々な姿勢それぞれに統一体といえる姿勢があります。

例えば横になった場合、立禅の姿勢は有効になりません。しかし、呼吸力は横になった状態でも発揮することができます。これはこれで、立禅で得られた感覚を使用して寝た状態で最大の統一体をつくることで可能になるのです。

このように、大切なポイントは統一体ができることで、立禅の姿勢ではありません。別の言い方をすれば、西洋スポーツ式の姿勢ではその姿勢の中にも統一体と呼べるものがあります。西洋スポーツでも、一流の選手は一流の統一体を作って行っているものです。

ちなみに、立禅は静止したままで行いますが、動きのある場合もその中での安定した統一体があります。古い合氣道をはじめ当会では、天の鳥船(あめのとりふね)の行や振魂(ふるたま/ふりたま)の行で動きの中で統一体を作る指導をしています。

この様に立禅の姿勢に余り拘りすぎると場合によっては安定を無くす原因にもなりますので注意が必要です。大切なのは目的です。立禅の目的は統一体を自覚するためのもので、この立禅が統一体を作るのに非常に優れた方法だということです。

   ◆   ◆   ◆

今回は、古い合氣道のシステムである禅⇒天の鳥船の行⇒振魂に連なる最初の禅の部分で大切な統一体の作り方を立禅を例に説明しました。次回は天の鳥船の行に関して述べるつもりです。

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武道の姿勢と統一体

皆さん、お元気ですか? 僕はめちゃくちゃ元気です。

最近、ある塾の先生からご指摘を受け、武道の基本の大切さをより深く知ることができました。そのご指摘というのが「せっかく武道で姿勢、特に統一体というのを教えてるのなら、もっとそれを多くの人に広めてはどうだろう?」ということでした。

その先生も生徒の成績と姿勢の関連性を以前から気になっていたそうで、私が武道で教えている統一体に目を付けたわけです。

今回から統一体というものについてお話ししたいと思います。

このブログでわかること

合氣道では心身が統一できる統一体を作って武道の方を繰り返し稽古をします。統一体こそが合氣道の出発の原点であり、到達点でもあります。 統一体の大切さをより深く知り、日ごろ統一体を意識するのを疎かにしている修行者に原点に復帰していただき、それにより技をより深いものにする指針をえることができます。

目次

統一体とはどのようなものか
統一体のメリット
統一体の段階
統一体の作り方

統一体とはどのようなものか

 人は嬉しいことがあると、顔は上を向き、手を大きく上に広げたくなります。一方、つらいことがあると俯き、手をギュッと知事メタくなります。このように心の変化により、体がそれに従うのをよく経験することではないでしょうか?

 一方、つらいことがあっても、顔を上に向け、手を大きく上に広げて、「わーい、わーい」と言っている間は、落ち込むことに集中することができません。

このように心と体は密接につながっています。ですから、心を集中するには、姿勢も非常に関係がある訳です。武道では最大限に集中して技を行う必要がありますが、当然最大限に集中するための姿勢も存在しているわけです。それを統一体と呼びます。

統一体のメリット

合氣道で統一体になったとき、単に集中力が上がるだけではありません。合氣道での統一体では、数多くのメリットがあります。

①精神が澄んで集中でき、 視野が広がる
②体が非常に安定する
③呼吸力と呼ばれる大きな力が出る
④効率的に身体が動く

などです。①に関しては精神的な面もありますが、技術的には目の使い方が重要になります。②については単に精神的な集中ではなく、実際に身体も安定しないと統一体にならないことを示しています。③についてですが、安定した体から出る力は地面を味方につけるため非常に力強い安定した力がでます。④ですが、統一体で動く場合、例えば当て身という打撃法を例にとると、一々手を引いてから打ち出す必要がなく、現在あるその手の位置から当て身がだせるようになります。

さらに、統一体を続けていると、
・身体が上部になり病気が治る
・必要なときに統一体を作ると不動心ができる
・運動能力が一気に跳ね上がる
・思いが実現しやすくなる

などのメリットもあります。

統一体の段階

この様に統一体を作ると、力の弱い女性でも男性に十分対抗できるようになるなど大きなメリットがあります。

ところが、統一体を作るためにはそのための稽古が必要になります。しかも、それには段階があります。

①静止した状態で統一体を作る段階
②水平方向の力を流す統一体を作る段階
③垂直方向の力を流す統一体を作る段階
④統一体を実際の動きの中で作る段階

単に統一体と言っても、このように段階があり、それぞれで統一体が作れないといけません。いくら静止したときに強い体ができても、動き出すと統一体が崩れるようでは役に立ちません。

統一体の作り方

実は開祖・植芝盛平翁先生が教えておられたころの合氣道ではこの統一体を作るシステムが組み込まれていました。それは、準備運動の中に、座禅、天の鳥船の行(船漕ぎ運動)が入っていますが、実はこれがその段階に応じたものなのです。

まずは座禅によって、静止した状態での身体の安定性を養い、その感覚を使って動の状態での安定性を養うために、動作である船漕ぎ運動や振魂(ふるたま)運動によって平行な動きと垂直な動きによって力を伝える感覚を養うようになっています

要するに、静で軸を作って安定した状態と感覚を養い、その後、動の状態での安定性を鍛えていくという過程になっています。

さらに、技の稽古にそれを取り込み、動きの中で必要な安定と不安定のバランスをコントロールし、相手に影響を及ぼすことで、技として完成するという形で技の稽古の流れとして組み立てられています。

このように合氣道では非常に緻密なシステムとして技の稽古が組み立てられているのです。その意図が分からないまま行うのと行わないのでは技に雲泥な個人差が出るのです。

   ◆   ◆   ◆

今回のブログでは、古い合氣道では統一体を作るシステムが組み込まれていたという話を書きましたが、次回からもう少し詳しく見ていきたいと思います。

なお、当会では、座禅の代わりに中国武術から拝借した立禅を採用しております。ですから座禅の説明の代わりに立禅について次回はお話したいと思います。

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祝いと呪いの言葉

みなさん、新年明けましておめでとうございます。
本年もどうか当ブログをよろしくお願いします。
さて、皆さんはお元気ですか? 僕はめちゃくちゃ元気です。

さて、今回は新年ということで、言霊について書きたいと思います。

このブログでわかること

古い合氣道では言霊(ことだま)を大切にします。こういうと迷信?と反発する方もいらっしゃるかもしれません。しかし、言葉を大切にするというのは武道の上達に非常に関係があります。この言葉の効用を知ると言霊の大切さがわかるだけでなく、武道や芸事の習得に限らずあらゆる人間生活を豊かにするうえで非常に大切なことが理解できます。

目次

●人生をダメに呪いの言葉
●人生を良くする祝いの言葉
●誰でも呪いは受けている
●脳科学と呪いの言葉

人生をダメにする呪いの言葉

私たち人間は日常生活において多大に言葉の影響を受けています。しかもその言葉の影響は心の奥底、潜在意識レベルで私たちに大きな作用を及ぼしています。

実は、僕は1月3日に一人で立禅をしていましたところ、ふと自分がかなり深いレベルで言葉の影響を受けていることを感じたのです。それは何かといいますと、常に僕の心の中に「僕は人の何倍も努力しないと普通の人並みについていけない」という呪いのような思いが潜在意識にあるということに気が付いたのです。

僕は母親にとても感謝しています。この世に産んでいただいた母親に対してを悪くいうようで気が進みませんがお話ししたいと思います。

僕の母親は「謙譲の美徳」が最高だという信念を持った人した。その結果、母親は人に対して僕を紹介する場合、僕の悪いところばかりを述べるのです。「この子は体も弱いし、運動もドンくさいし、頭も良くないので困っているの」というのです。それでも周りの人が「それでもみー君(僕のニックネーム)はいつもおとなしくコツコツと一生懸命やるのはすごい」と褒めると、「いやいや、コツコツやるだけで、全然大したことがないの。何とか皆についていける程度ぐらいなの」と母親は僕を落とすのです。このように、僕の目の前で自分の息子を落とすことが最高の美徳と思っていたようです。

そういう僕はというと、子供のころから青年期にかけてとてもとても体が弱く、また学業など頑張る割にはあまり報われないという人生を歩むこととなりました。ですから、僕の子供のころは悲惨でした。コツコツとやる割には勉強ができる訳ではなく、スポーツはからっきしで、何もこれといった得意なことがないので何をするのも自信がなく、ドラえもんののび太君のようでした。

僕のように極端でなくとも、周りから何気なく言われる言葉が潜在意識に沁みついて人生に大きな影響を与えていることは、少なからず誰もにあるものです。

と言っても、どの親もそうでしょうが、僕の母親も僕がこんな不憫な人生を歩まそうという意図は全くありませんでした。僕のことを常に気にかけ、僕の幸せを常に願っている母親でした。でも、僕に与えた言葉の力の方がずっとずっと大きかったのです。まさしく言葉の呪いだったのです。

人生を良くする祝いの言葉

今、思い起こしてみると、言葉のかけ方で人生を良い方に一変することもあります。僕は体が弱かったのですが、人のならないような病気で中二の時は学校を何か月も休むような大病もしました。その結果、あまり得意でなかった勉強もクラスで最下位を取るほどひどくなったのです。そして高校も最底辺の高校しか行けない成績しか取れませんでした。

と言っても毎日毎日一生懸命勉強したのですが、全く成績が上がらず、当時の担任の先生も僕のために時間を割いて教えてくれたのですが全くダメでした。特に中二の谷口先生には本当にお世話になりました。今思い出すたびに感謝の気持ちであふれてきます。

余りにもひどいので、中3の夏に家庭教師を雇うことになりました。今木先生という先生です。ほぼ毎日家庭教師に来てくれて2週間ほどしたある日、「この子はとても頭が良いのに、何故こんな成績しかとれないのか不思議だ。必ず成績が良くなるはずだ」といったのです。すると夏休みを挟んで本の1か月で僕の成績が急上昇したのです。それで最底辺高校しか行けない成績から、急に当時では一番難しい高校がちょうど入れるレベルまで跳ね上がったのです。とはいっても田舎の高校ですから大したことはないのですが…結局、成績は一番の高校に入れるレベルでしたが、自信が持てず結局二番の偏差値の高校に入りました。

それからもう一つですが、僕は運動神経が非常に鈍いです。でも32歳の時に極真カラテを学んだ時に、合氣道をやった素養もあったのでしょう、黒岡師範から「橋本は才能がある。20歳のときに出会っていたら、身長もあるから日本でも有数の選手にしてやれたのに」と言っていただいたのです。

その結果、僕は初めての試験で、飛び帯といって10級(オレンジ帯)の試験を受けたとき8級(青帯)に3階級昇進したのです。運動神経が万能な人なら当然と言ってもいいでしょうが、僕のように運動オンチが3階級昇進というのはあり得ません。

この様に、偶然言われた言葉が人の能力を極端に上にあげるものもあるのです。それこそ呪いの反対の言葉もあるわけです。まさしく「祝いの言葉」と言える言葉です。

誰でも呪いは受けている

僕のような経験をされた方もたくさんおられると思います。僕たちは、呪いの言葉によってかなり影響を実は受けているのです。

僕たちは実は無限の可能性があります。皆さんも一度は聞いたことがあると思いますが、ノミの法則あるいはコップのノミという話があります。

ノミのジャンプ力は非常に強力で身長の100倍~150倍の高さを飛べるそうです。ですから体長2,3ミリのノミだと30センチぐらい飛べるのです。ところがこのノミを高さ10センチのコップに入れて蓋をすると、ノミたちは10センチしか飛べないノミになるちおうのです。

僕たちは様々な点でこのノミと同じようになっていませんか? 僕たちはもっともっと可能性があると思うのです。それは周りから与えられた呪いの言葉によって潜在意識に沁みついています。呪いの言葉はいくら否定しても永遠に呪いが発動したままです。それを取り除くのが祝いの言葉です。自分の可能性を信じ呪いを一つ一つ取り除く必要があるのです。

ですから、「やっても無駄」「無理」など否定的な言葉はできるだけ慎まないといけません。やはり肯定的な言葉「必ずできる」「嬉しい」「楽しい」「感謝」「愛している」などの言葉を多用して自分の潜在意識の呪いから解放していく必要があると思います。本当に言葉は大切だとつくづく感じます。

脳科学と呪いの言葉

呪いの言葉は口にするだけでなく、心の中で呟いていることもあります。自分自身に言っていること、他人に言っていること、他人に言われたことを何も考えず取り入れたり、すべてに自分は影響をうけています。

実は、脳科学の方でもそのことを明らかにしています。ですから科学的にもかなり解明されているのです。例えば、脳神経外科医の林成之先生の「脳に悪い7つの習慣」という本があります。この著者はオリンピックの競泳日本代表チームに招かれ多大な影響を与えておられます。自分自身へ、他人へ、他人から自分へなど、言葉の影響を考えさせられる内容ですので、 この本にのっている脳に悪い7つの習慣をあげておきます。

①「興味がない」と物事を避けること
②「嫌だ」「疲れた」とグチをいうこと
③言われたことをコツコツやること
④常に効率を考えること
⑤やりたくないのに我慢して勉強すること
⑥スポーツや絵に興味がないこと
⑦めったに人をほめないこと

以上です。どれも、自分自身へ、自分から他人へ、他人から自分への言葉がけのヒントになるものばかりだと思います。

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知っておくべき身体と氣の関係

皆さん、お元気ですか? 僕はめちゃくちゃ元気です。

さて、今回の記事は誤解されていることの多い身体と氣の関係について、僕の師匠・故・井口雅博師範から教わった合氣道習得への5つの段階に関連付けて話したいと思います。

合氣道の技を実際に使えるようになるには正しく身体と氣の関係を知っておく必要があります。技が思うように効かない合氣道修行者で氣を過大評価しすぎて夢を見すぎている人に特に読んでいただきたいと思います。

最近 、弟子を指導していてひしひしと感じる出来事が増えているため、技の進歩に行き詰っている修行者の人の指針になるのではないかと思います。

このブログでわかること

技を実際に使用できるためには、現在自分がどういった段階にいるかを知る必要があります。例えば目的地に行くには地図が必要で自分が、自分がどこにいるかがわかる必要がある訳です。そのためには自分が身体と氣の関係を理解し、僕の師匠が示した5つの段階を知ることで、地図が得られるとともに自分の位置がどの位置かが理解できます。

目次

5つの段階
誤解の多い身体と氣の関係について
意の段階・神の段階

5つの段階

僕の師匠が示した合氣道習得の5つの段階というのがありますが、それは以下のようになっています。
 ①形の段階
 ②体の段階
 ③氣の段階
 ④意の段階
 ⑤神の段階

形の段階というのは、合氣道の形を規定通りのステップで規定通りの動きで技を覚える段階です。

実際は相手の身体の大きさ、力加減など様々です。ですから、たまたま自分の覚えた形にピッタリ合う人以外では固定した形にこだわっていると技がかかりません。そこで、体の段階とは相手の身体をどう持っていくと導きやすいか、自分の身体をどう使うと効率的かということを理解して、状況に応じて臨機応変に動ける必要があります。それが体の段階です。

体の段階で技を覚えるのはまだ理屈で動いているので、これを感覚で動けるように変える必要があります。僕の師匠は「体は氣に従う」と言われました。そこで氣を使うことで体を操作するという氣の段階に入る必要があります。

ところが氣の流れを意識しているよりもさらに高度な段階が存在すると師匠はいいました。それが意の段階です。氣の流れを意識するには出発点から終了点までの気の流れを感じる必要がありますが、意識しただけで自然と気が流れるようになる段階が意の段階です。

さらに意識もせずとも「動けば即合気」というわれるように、無意識で最高の状態を作れるようになるのが神の段階です。

誤解の多い身体と氣の関係について

合氣道修行者の中には氣に関して大きな誤解をされている方がいます。その誤解というのは「氣が自在に使えれば何でもできる」というもので、氣さえ使えれば身体操作など気にする必要がないというものです。 要するに超能力者になるというものです。

確かに僕も氣の可能性については否定しません。そういうことができる人がいるかもしれません。例えば、中国武術の総本山の嵩山少林寺ですら一指禅という人差し指一本で逆立ちをして禅を行う修行があるそうです。しかも修行が進むと数メートル離れた火のついたロウソクの炎を前後左右と自由に動かすことができるようになるといわれています。しかし、特別才能がある僧が専属に十数年も費やしてそうなるというものですから、仕事を持っている一般人が週に何度か1時間ほど稽古だけで一指禅以上のレベルになるのはを夢見るのはナンセンスだと僕は考えています。

また、そういった超常現象的な氣の扱いは呪術の部類に属しています。一方、合氣道では氣を身体に通すことで技を使い、それが完璧になると氣が合う相手に離れた状態で技が掛けられるようになり、さらに進むとそういった超能力的なことができるようになるといわれてますが、それはもはや呪術でしかありません。

呪術はかなり才能が必要です。一方、身体に氣を通すのは正しい体の使い方 さえできれば誰でもできることです。ただし、その気を通せる身体の状態にする方法を理解する必要はあります。それには身体と氣の関係を知り、氣が流れるためにの身体のポジションが確実にとれるようになる必要があります。そのため、気功であっても初心の修行者は当初はかなり厳密な姿勢に関する注意点を守って訓練します。

ましてや武道である合氣道では、物理的に強い影響を与えるためには氣の通る強い身体の使い方が必修で、さらに氣と相手の身体の関係性をどうすれば利用できるかという技術も必要です。それが理解できて初めて技が効く氣の使い方ができる訳です。

このため自分の身体の効率的な使い方、相手の身体をどう扱うかということを理解しておくことが次の氣の段階に行くのに必須なのです。

ですから、氣さえコントロールできればと氣のみにフォーカスしていると結局いつまでも技が効かないということになりかねません。効率的な身体の使い方が氣の流れる身体であり、相手の身体をどう扱うかというのが相手の氣をどう導くかにつながるわけです。

意の段階・神の段階

ここまでで合氣道の技では、単に氣という未知のエネルギーを意識するだけでは使えないというのが理解できたと思います。身体に気を通す体の使い方、相手の気を導くための相手の身体の扱い方を理解して、そこに氣を意識するということが必要になります。

次に意の段階とはどういうものかということですが、氣の段階を続けていると、最終的に氣をどこに導けばよいか?という点がわかるようになります。氣の最終ポイントを意識すると相手に技がかかるという段階が意の段階です。合氣道でいえば呼吸力が出るという段階です。この段階になると、例えば腰の曲がった老人の姿勢ですら大きな力がでるようになります。何故ならその姿勢において最大限に身体を効率よくできるポジションを自然にとれるようになるからです。

さらに意の段階を続けていると、あらゆる状況において身体が勝手に反応するようになり、いちいち意(こころ)を使う必要もなくなるといわれています。動けば即合気という神域に入るそうです。私たち合氣道修行者の最終的に目指すところです。そして、 僕の師匠である井口師範は「 この段階ではじめて神通力で氣の使い方を扱うべきで、それ以前のものがそういうことをすると邪道に走る」と言っておりました。確かに呪術的な氣の使い方をしたいのであれば宗教の方がよっぽど良いかもしれません。

  ◆   ◆   ◆

今回のブログはいかがでしたか? 氣という神秘的なエネルギーだけにフォーカスしている方にも少し参考になったのではないでしょうか? 氣の使い方にも身体を通す氣の使い方と呪術的な氣の使い方がある訳ですが、誤解されている多くの人はこの呪術的な使い方ばかりにフォーカスされていることがかなり多いように思います。私たち合氣道をしているものは、身体に気を流すにはどうするかという点にフォーカスした方が技に進歩が得られると僕は考えています。

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骨の合わせのポイント!

皆さん、お元気ですか? 僕はめちゃくちゃ元気です。

さて、前回は手首取りの骨の合わせについてお話ししましたが、今回はその次に行うことについてお話ししたいと思います。

このブログでわかること

合氣道の修行者で「手首取りで骨の合わせによって相手の力の状態を読み相手とぶつからない状態になったのに動かそうとするとぶつかってしまう」という悩みを持っている人がいると思います。これは合わせの次に何をするかというのが明確でないからです。今回は相手とぶつからないために骨の合わせの次に何をするかについて具体的に述べていきたいと思います。(合氣道では実際はこれも合わせの中に入っているのですが、分かりやすくするために 骨の合わせとは 分けて説明します)

目次

合わせの感覚の確認
一瞬はできてもすぐにぶつかる理由
2つのポイント

合わせの感覚の確認

骨の合わせができた後に次に何を行うかということを説明する前に、合わせが本当にできているかを知る必要があります。合わせが中途半端だと、次のステップに進んでも相手とぶつかりができるだけで、相手を導くことはできません。そこでまず合わせの感覚とはどんなものかについて触れておきましょう。

骨の合わせができたときの感覚は、相手に手首を持たれたときに相手がしっかり持っているにもかかわらず、骨がクリクリと動く状態になっているような感覚です。

例えていうなら、鉄の棒を厚いスポンジで包んでいて、重さがあるのに持ちにくいというような、持てているがしっくりと来ないというような感覚を相手に与えるようになったときに骨の合わせができています。

感覚は人それぞれ違いますので、自分の手でもう片方の手首をつかんでその感覚を理解していただくとよいと思います。

なお、持たれている方の手では、僕自身の感覚でいうと、皮膚の毛穴から空気を吸引して相手の掌全体にくっついているような感覚がありますが、その感覚がわからない人は自分の手首をつかんでつかんだ手の感覚をまず作って、慣れてきたらつかまれた方のの手首の感覚を覚えてください。

一瞬できても、すぐにぶつかる理由

合わせの感覚がどのようなものか分かると、一瞬はできるのですがすぐにぶつかるということで悩むこととなります。

その理由は相手を動かそうとした際に合わせの状態から抜け出してしまうからです。では、持続するにはどうするか?ということですが、これにはいくつかの注意点がありますが、その目的は相手に悟られないということに尽きます。

その相手に悟られないためにはどうするか?といいますと、持たれている点で変化が起こらないようにする必要があります。そのためには、心理的なポイントと物理的なポイントがあります。

心理的なポイントとして「持たれている点を意識しない」ということが肝心です。相手と接触している場合、何故か自分が意識しているところは相手に伝わりやすくなります。ですから、相手との接点はできる限り意識しないということです。

物理的なポイントとして「相手の関節を意識して動くべき方向に動かす」という点です。こういうとときどき「相手の有利になるのでは?」という質問がかえってくるときがありますが、そんなときは「例えばドアを開けるときあなたはどうしますか?」と答えます。

例えば、ドアには開き戸と引き戸がありますが、引き戸でいくらドアを開こうとしてもドアはうごきません。人間の体も動く方向にしか動かないのです。合氣道では相手に有利か不利を考える場合は、バランスが取れているかどうかだけが問題で、相手の関節に無理をかけるのではないのです。

2つのポイントが同時!

前項では心理的ポイントと物理的ポイントを分けて書きましたが、実は行うことは同じことを示しています。物理的ポイントを実行するためには心理的ポイントも実行している必要がありますし、反対も同じです。

かなり無意識の領域の話になるのですが、自分の体をコントロールする際は人は必ず関節使って動かそうとしています。要するにタコなどの軟体動物の足のように動かそうと、骨の真ん中を折って動かそうとする人はいません。人が例えば腕を使おうとしたとき、腕の中間点を意識する人はいないのです。

ところが相手に手を持たれたとき、その部分を意識して無理やり動かそうとしてしまいます。ところが相手に持たれた部分が骨の中央と考えるとそこを意識するのはナンセンスということがわかると思います。要するに、相手と自分の接点を骨の真ん中とみなすことで、相手の関節が自分が曲げるべき場所だとわかるのです。( これが実は相手と一体になるということにも通じるのです)

そういう意識があると合わせができた部分でぶつかることが無くなるのです。要するに、骨の合わせでは相手の骨格を読む力が必要となるのです。

何故なら、相手が崩れるように骨格全体を読みつつ、相手の関節で曲がることを意識する必要があるからです。

合氣道では骨の合わせのことを単に「力を抜け」と指導されますが、「力を抜け」の本来の意味は骨の合わせを行うことにあるのです。ですから、「力を抜く」というのは非常に難しく骨格の読みができることが必修条件なのです。

  ◆   ◆   ◆

今回は骨の合わせについてお話しましたが、ここまで読まれた方は、「合氣道は氣で行う武道ではないのか? 何故骨格など読む必要があるのか?」と思われた方もいらっしゃるのではないでそうか? 次回はそのことをお題とした合氣道習得の5つの段階について述べたいと思います。

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最も基本の骨の合わせ

皆さん、お元気ですか? 僕はめちゃくちゃ元気です。

さて、今回は前回の合わせの技術の続きで、当会で呼んでいる「骨の技術」の中の合わせについてお話ししたいと思います。

このブログでわかること

合氣道での脱力状態と力をいれてない腑抜け状態との違いが理論的にわかり、 合氣道で「力を抜け」といわれる本当の意味を理解し技に応用するヒントを得ることができるようになります。

目次

骨の技術とは?!
骨の合わせの技術とは?!
骨の合わせを実現するには?!
ゼロ状態を作ると?

骨の技術とは?!

IAM護身術では僕が学んだ合氣道や中国拳法などの技術から力の弱い人にでもできる技術を整理統合して体系化したものを会員に伝えています。特にメインとなるのが井口雅博師範から学んだ合氣道の技術に様々な名称を付けて指導しています。

その技術は次の4つの柱で構成しています。
・骨の技術(物理学的な技術)
・皮膚の技術(生理学的な技術)
・皮膚感覚の技術【生理学と心理学的な技術)
・空間感覚の技術(心理学的な技術)
なお、この名称は当会独自のモノです。

今回はこの4つの柱の内の骨の技術、その中の合わせの技術について説明したいと思っています。

物理的な現象を扱う技術を骨の技術と呼んでいるのは、人体は骨格によって支えられ運ばれるため、骨格の運用自体が物理の法則によって支配されるためです。

具体的な内容としては、強い骨格の使い方から力を伝達する技術までが含まれています。その中で特に力の伝達については相手とのぶつかりを如何に無くしスムーズに力を伝達することが肝心です。その技術が骨の合わせの技術です。

骨の合わせの技術とは?!

合氣道では手首を取られた場合の技のトレーニングがたくさんあります。実際に護身を考えたとき、特に男性の場合は現代社会ではあまりないのではないでしょうか? どちらかというといきなり胸倉をつかまれる、殴ってこられるという方が確率的には高いかもしれません。

それでも敢えて合氣道では手首どりの技を稽古します。僕が合氣道を始めた当初はこのありえない想定に対して疑問を持ったものです。それで、本など読みあさって得られた回答は「昔は刀を持っていたため刀を素手で制するには手首を持つ必要があったから」ということでした。『じゃあ、現代社会じゃ必要ないんじゃ?』と考えたものでした。

それに対して私の師匠の井口師範の回答は「そんなもの稽古するために必要やからにきまってるやろ」ということでした。要するに合氣道独自の感覚を身に付けるには手首取りが最も有効だからだったのです。

具体的には手首取りは、
①相手との接触時間が長い
②直接皮膚に触れている
以上の二点において合氣道に必要な感覚を訓練するのに非常に適しているということなのです。

ちなみに合氣道に必要な感覚というと沢山ありますが、今回のブログでは骨の合わせという技術について述べているので合わせるということについて述べたいと思います。

合氣道はその名の通り氣を合わせる武道で、具体的には、相手とぶつからず相手を導いて相手を無力化する武道です。ですから古流武術の技術としての合気とは少し意味合いが異なり、もっと広範囲の意味を持っています。

そのため、この氣を合わせるということですが、実は技術的に述べるとかなり多岐にわたる技術の集合体ということになります。その中で最も基本となるのが骨の合わせで、これは実際に相手と物理的にぶつからない状態にする技術です。

骨の合わせを実現するには?!

この骨の合わせとは 具体的に 何かといいますと、「相手とぶつからない」という感覚を実現する技術です。骨の合わせとはその名の通り自分の骨をコントロールしてぶつかりをゼロにする技術です。

手首取りを例にとると、相手とぶつかりを感じるとき必ず手首のどこか一か所にぶつかりを感じるはずです。骨の合わせとは相手が手首に力を加えた方向に手首の骨を合わせることで握られた部分の当たりをゼロにします。

この当たりゼロという感覚は実はかなり微妙で本の僅かでもあたりがあると相手にこちらの意識が読まれてしまいます。完全にゼロに合わす必要があるのです。

そのためには相手に持たれるのではなく相手に持たせるという意識が非常に大切で、己がコントロールしやすい態勢で相手に持たせることです。そうすると相手は握っているのに握っていないような一種独特な感覚を感じます。

ところで、このゼロ状態の合わせと力を完全に抜いた腑抜けな状態と混同する人がいますが、それは全く別物です。骨の合わせを作るには、最も大切なのが手に気が入っている状況でのゼロ状態です。

言葉を変えていうなら、元合気会師範部長、気の研究会の故・藤平光一師範が指導した折れない腕の状態である必要があります。それにより、相手には腕という重い棒を持たせている状態にしておくのです。これがポイントです。

腑抜けは相手に持たれている状態、骨の合わせは相手に持たせている状態です。この違いを理解して脱力というのは筋肉を腑抜けにするのではなく、相手とのぶつかりを消滅させる技術であるということを理解しておく必要があります。

ゼロ状態を作ると?!

この骨の合わせによるゼロ状態を作るとどいうことが起こるのかというと、完全にゼロ状態になると相手の最も弱い軌道が一瞬で感じることができます。その軌道に移動するとほとんど力を使わずに相手を導くことができるようになるのです。

しかし、少しでもぶつかりがあるとその軌道はまったく感じられません。こういうと骨の合わせの稽古段階の修行者にとっては非常に難しい要求になり、これだけを目標にすると殆どの修行者が脱落することになるでしょう。

しかし、途中段階の人でも効かせる方法があります。それは、以前のブログで紹介した陽の技法と陰の技法をつかうことです。

陽の技法を使う場合の注意点は、手首の感覚がゼロ状態になったときに手首の位置を変えずまずは身体のみ動かすことです。

また陰の技法を使う場合の注意点では、ゼロ状態の感覚をキープすることに留意しながら陰の技法を行うとよいでしょう。

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ゼロにする合わせとは?!

皆さん、お元気ですか? 僕はめちゃくちゃ元気です。

さて、前回はタイミングを読まさない技術として当会の陽の技術を説明しましたが、今回はもっと根源的な技術である「合わせ」についてお話したいと思います。

このブログでわかること

合氣道を始めとする筋力を主体としない武道では相手の力とぶつからないということが最も大切です。今回のブログを読むことで、相手と力がぶつかる理由がわかります。それによりぶつからないためにはどうすれば良いかということが理解でき、さらには何故ぶつからないと相手をコントロールできるかということまでわかるようになります。そう理解することで合氣道の技に対して投げたり固めたりという視点ではなく、もっと根源にあるものに気づくことができます。

目次

相手と力がぶつからないのが可能な理由
相手と力がぶつかる理由
ぶつからない合わせの技術とは?!

相手と力がぶつからないのが可能な理由

実は相手と力がぶつからないというのは誰でもできることなのです。ところが相手を投げたり固めたりする場合、形にこだわってしまうがゆえに、相手と力がぶつかってしまいます。そこで相手と力がぶつからないのが可能な理由を理解し、力はぶつからないものなのだという確信をもっていただき、ぶつからないようにするにはどうするかを理解していただくためのお話しをまず最初にしたいと思います。

実は人間が二足で立っているというのはかなり不安定な状態です。例えば、人形を立たせる場合を思い出していただくと如何に人形が立っている状態というのは不安定かを思い出すことができるのではないでしょうか? 本当に軽くつついただけでも簡単に倒れてしまいます。

では、何故人間は安定して立っていられるのでしょうか? それは無意識に周りの状況を判断して常にバランスを保っているからです。ですからその判断ができない状態になると人間というのは簡単に倒れてしまうのです。その例が意識を無くしたら人は倒れてしまうという現象からわかることではないでしょうか?

このように実は二足の状態の人というのは非常に不安定なわけです。合氣道では相手が察知できないような方法で相手を崩すことで相手の意識を奪って気絶させることなく相手を倒しているわけです。そういった手段や技術を用いることで人形を倒すように本の軽い力で相手を投げたり固めたりするのが合氣道の根本なのです。

相手と力がぶつかる理由

私たち人間は 相手がいる場合に本能的に相手とコミュニケーションを取ろうとする傾向を持っています。そのため相手を投げたい・固めたいと思ったとき、相手の状態を探るために力を加えつつ探りを入れます。すると相手はその探りを感知してバランスを取ろうとします。

さらに、本能的に人間は相手を崩そうと力を加える際に相手を支えとして自分は安定して相手を崩すように動きます。すると相手もこちらの力を利用しつつ力に抗うようにこちらを支えにバランスを取る訳です。要するに力がぶつかるというのは互いに支え合うためなのです。

このようにしてお互いに支え合うことで相手と力がぶつかり、相手を思うように導けず、相手に技が効かないという結果となるのです。このため少しでも合氣道を知っている人に対し、特に力の強い男性には技のポイントを押さえていても中々技がかかりません。

それゆえ、何年修行を行っても中々護身に使えるレベルまで到達できないと自信を持つことができない男性がたくさんいるわけです。というこの記事を書いている僕もその一人だったのですが…。そのため空手を習いに行ったり、中国拳法をかじったりしました。

話はそれますが、ここで男性とかいたのは、日本の合氣道界では女性には比較的男性は優しく接し、技が効かなくても効いたふりをして技に掛かってあげるため、女性には比較的自覚していない人が多く、ぶつからない技術を知らずして黒帯を持つと「もう相手が何人でも大丈夫!」「短刀取りを教えてもらったのでナイフでも大丈夫!」など自信を持っている女性が多いと聞きます。

それはともかくとして、相手と力がぶつかる原因というのは相手と支え合う状態になってしまうためということを理解してください。

ぶつからない合わせの技術とは?!

合わせの技術を一言でいうのは非常に難しいです。といいますのは、合わせの技術というのは様々な要素が複合された技術だからです。そこでそのコンセプトだけを述べると、 相手と支え合う状況をつくらないという前提条件のもと、 相手にこちらの意図を読まさない状況を守りつつ、相手が立っている人形のようにわずかな力で加えることで崩すせる状態にしてしまう技術といえるでしょう。

端的に言うと、合わせの技術とは相手とのぶつかりをゼロにする技術の総称です。ところで何故合わせの技術というかといいますと、相手とぶつからない状態というのは実は全く力を抜いた腑抜けた状態でも可能なのです。しかし腑抜けた状態では相手を導くことができません。そういった腑抜けた状態と区別するため「合わせ」という言葉を使っています。

合わせの状態、すなわち、相手を支えとして使わず相手の力とぶつからない状態を作るとどうなるかといいますと、相手側からこちらの力を全く感じない状態となります。そうした状態でこちらの動きや重み(運動エネルギーなど)などを与えてやると相手はもろに影響を受け、思わず導かれてしまいます。

しかし、この動きや重みを伝える際にも相手に意図を読まれるとぶつかりの原因となり、相手を導くことができません。しかし、この伝える技術はまた別の技術であることをご理解いただく必要があります。まず大切なのは合わせの技術を身に付けることです。その上でさらに相手にわからない伝達の技術が使えると相手を崩せるようになります。相手が崩せれば、後は投げたり固めたりは簡単にできるようになるわけです。

  ◆   ◆   ◆

今回はいかがでしたでしょうか? 合わせとは相手にこちらの意図を全く感知させず、相手と支え合うことを回避する技術だったわけです。次回からは、もう少し具体的に合わせの技術を述べていきたいと思います。次回は最も基本的になる骨の技術の合わせについて述べたいと思います。最後までお付き合いありがとうございました。

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タイミングを読ませない!

皆さん、お元気ですか? 僕はめちゃくちゃ元気です。

さて、前回は相手とぶつからない技術の話をしましたが、実は相手とぶつからないためには前提条件があります。それは「相手にタイミングを読まれない」ということです。

自分のやろうとすることが相手に悟られると当然相手はそれを察知して対抗しようとします。そうなるとすべての技が封じられ、結局相手とぶつかるという現象となってうまく技がかからないという結果に終わってします。

そこで今回から相手にタイミングを悟られない技術についてお話していきたいと思います。

このブログでわかること

合氣道でタイミングを読まさないということで相手に悟られない技術というのはたくさんありますが、今回は陽の技術についてお話します。陽の技術は自分の動きを相手に伝える技術ですが、問題はその伝え方が非常に大切です。

陽の技術に慣れていない人が技を受けると伝え方に関係無く確かに効果が出ますが、術理が分かっていてその動きを読んでいる相手には伝え方が悪いとこの技術が通用しません。

しかし伝え方を習得すると相手が理屈が分かっていても十分に技に掛かりますので、その伝え方を理解することで技の効き方が大きく変わります。またこのブログでは陽の技術の稽古方法を説明しますので、この稽古方法を真剣に稽古された人は自分の動きをスムーズに相手に伝えることができるようになります。それにより他の人の一つ上を行く技をかけることができるようになります。

目次

陽の技術について
陽の技術の稽古方法
タイミングを相手に読まさない

陽の技術について

陽の技術というのは、自分の動きを相手に伝える技術です。合氣道では「気の流れを途切れずに技を行う」「一度動きを起こすと止まらずに流れるように技を行う」という点に留意して技を行うように指導されています。

これは実は理科(物理学)でいう運動エネルギーを利用するということを示しているのです。というのは誰でも重いものが移動するとそれにエネルギーがあるというのは経験的に知っています。

例えば、50キロの荷物が地面に置かれているのをみても誰も避けようとしませんが、50キロの荷物が頭上1mから落ちて来るのが分かったらたいていの人は避けるでしょう。これは経験的にそんな大きなものが落ちてきたらケガをするのが分かっているからです。

50キロといっても動きがあるのとないのでは全然違うとうことです。50キロというと多分女性の体重ぐらいでしょうが、これでも動きがあると大きなエネルギーを持つということです。

ただ一般的に、私たちは人が動くことに見慣れすぎていてそれほど大きなエネルギーがあるように思っていませんが、そこに誤りがあります。実は人が動いている自体で大きなエネルギーがあるのです。そういった運動エネルギーを使うのが陽の技術と当会では呼んでいます。

陽の技術の稽古法

では、陽の技術の稽古方法をお話します。これにより伝えるという感覚が身に付き相手の力とぶつからない感覚が身に付きます。

陽の技術の稽古方法は下図の①~③に示す段階で行います。
①相手の肩に手を置いて手を伸ばした位置に立ちます
②肘を曲げつつ相手に素早く近づいていきます
③②の時点で相手を後ろに突き飛ばしつつ前にさらに進みます

               陽の技術の稽古法

注意事項としては①で相手の肩に置いた手は軽く触れている程度にし、②に至るまでその触れている圧力を変えず、③の位置に来た時点で相手を後方に押します。ただし、押した際に相手と力がぶつかる感覚がある場合や相手に抵抗される場合は動きの伝え方が上手くいっていません。

陽の技術の目的は、一つは動き(’運動エネルギー)をまずは作ること、2つ目はそのエネルギーをぶつからずスムーズに相手に伝えることです。スムーズに相手にエネルギーを伝えるため大切なことは伝えるタイミングを相手に読まさないことです。

タイミングを相手に読まさない

相手と力がぶつかったり、抵抗されて失敗する場合は、明らかに相手にいつどのタイミングで押してくるのかというのがあらかじめ伝わっているからです。

その理由として挙げられる問題点としては
 ①初めから押すタイミングを決めている
 ②初めから力が入っている
 ③途中から徐々に力が入ってくる
 ④押し出すときに掌の一点に力が集中する
などが考えられます。

まず①について述べてみましょう。この稽古で大切なのは相手に読まれないということです。そのためにはまずは相手を後方に押そうという気を無くす必要があります。人は接触をしていると、相手の意志が案外読めるもので、あらかじめどのタイミングで相手を押そうと決めていると、大概の相手は最初の時点でその意思を読むことができます。そのため押し出したときにはもうすでに相手に逆らわれるということがおこるのです。

②についてですが、自分は力を抜いているつもりでも案外と肩や腕に力が入っていることが多いです。わずかな力でも入っているだけで小さなぶつかりが最初からできてしまいます。すると相手はその力の変化を読み取ることができ、対抗されてしまいます。

③ですが、徐々に力が入ってくるとこの地点が危ないと相手は察知してしまいますので、最後まで力を入れないことが大切です。

④ですが、動きを伝えようと思うことで、つい掌に力が入り、掌底の一点に集中する動きができ読まれます。

以上問題点を上げましたが、この動作を行うコツは指全体を含む掌全体をまんべんなく相手に当てることで相手はこちらの動作が読めなくなります。

何故このような4つの問題点が出るのかといいますと、ちょっとした意識の変化で手が勝手に動いてしまうことが原因なのです。それで掌全体が相手に触れているということでその微妙な変化がもろに相手に伝わるため簡単にこちらの次の動きが相手に読まれてしまいます。

ですから、この動作で100%相手に読まれない稽古をすることで相手に動き(運動エネルギー)の伝え方が理解できるようになります。それによって形稽古にこの伝える技術を入れていくとさらに技が良くなるのです。

  ◆   ◆   ◆

合氣道の技の要は、投げ技や固め技ではなく如何に相手に読まれない動きができるかという点です。ですからどの角度で捩じるとかいうのもある面は大切ですが、技を知っている相手だと完全な角度を知っていてもうまく逃げられてしまいます。

これに関しては、コツがわかるとすごく技が他の人に掛かるようになりますが、周りそのコツになれてくるとまた技がかからなくなるという現象を合氣道をしている方なら経験があると思いますが、これが投げたり固めたりの部分のみに意識が行っているためなのです。

私の亡くなった師匠である井口師範は「投げたり、固めたりは枝葉」といいましたが、まさしくそのことを言われていたのだと思います。

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力がぶつからない技術

皆さん、お元気ですか? 僕はめちゃくちゃ元気です。

さて、合氣道の修行者の皆さんは相手と力がぶつかって技がかからないということを経験することがあるのではないでしょうか?

そんなとき、『相手が意地悪をしている。もっとちゃんと技に掛かってほしい』と考える人と、『自分の技が未熟だからできない』と考える人とがいると思いますが、実は意地悪でも未熟でもなく、【ぶつからない技術】が使えていないだけなのです。 当会ではこのぶつからない技術のことを【核の気】と言っています。

この核の気については前々回の「当て身の稽古は地と繋がる為」というところでも述べましたが、今回はこの核の気についてもう少し深掘りしていきたいと思います。

このブログでわかること

ぶつからない技術というのは、相手の力を自分の体を通じて地面に流す技術です。相手の力が地面に流れれば相手とぶつかることがありませんので技が掛けやすくなります。また手が触角であることや、力を抜くということの大切さ、タイミングの重要性がわかり技がより上達しやすくなります。なお、核の気がわかると、座り技呼吸法を行ってもわずかな動きで相手を倒せるようになります。また投げ技でもわずかな力で相手を投げることができるようになります。

目次

相手の力を地に流す技術・核の気
核の気のポイント
投げたり固めたりは本の枝葉

相手の力を地に流す技術・核の気

前々回に核の気についてお話ししました。この核の気の感覚を養うためには当て身の稽古が最も有効と思われます。そして当て身の稽古をやっている中で拳の衝撃が地面とつながるという感覚ができた時点で核の気が使えているということになります。

この感覚を養成するためには、最も大切なのは体全体に力が入らないことです。要するに体全体の筋肉を引き締めないということです。ある種の打撃系武術では体の筋肉を一瞬に引き締めることで打撃力を上げるということをやりますが、合氣道の当て身の場合はこれとは真逆になりますのでこの点が非常に大切です。

具体的にいいますとボクシングでは最もやってはいけないという「手打ち」というような打ち方で合氣道の当て身は稽古を行います。ちなみにボクシングでいう手打ちというのは、腕の収縮だけでパンチを打ち出すことで、体重も乗らず、相手を倒すだけの力が出せない最も良くない打ち方を指します。

前々回のブログでもお話ししましたように、この手打ちのようなパンチが地面とつながると強大な力がでます。これは相手と接触が生じたとき拳が直接地面とつながる為です。要するに地面というのは地球ですから地球を味方につけ、地球と相手をぶつけるわけです。

ところで、核の気の使用にも、最低限は衝撃に耐える腕の強さが必要になります。ですから、幼児が強力なパンチが打ち出せるかというとそうではありません。その点は注意が必要です。

核の気のポイント

核の気を使うのに大きなポイントがあります。それは合わせと誘導との2つのステップが必要であるということです。

【合わせ】
合わせというのは 相手の力を感じるため相手の力に当たることを言います。

合わせを行うには、手を触角として使うために最初は脱力させ、次に相手の力を感じるため相手の力に当てます。相手の力に当てる場合誘導したい方向に相手の力が当たる個所を探します。

【誘導】
誘導とは合わせで力の方向性を知覚したなら、自分の腕をコントロールすることで足の裏に力が伝わる方向を見つけることです。相手の力が地面に伝わると突然相手が動き出します。

相手の力と当たる個所が見つかると、自分の腕をコントロールして相手と自分の足の裏がつながるところを探します。相手の力と地面がつながると相手は勝手に誘導したいと思う方向に移動を始めます。

誘導についてもう少しわかりやすい例でいいますと、コーヒーカップの耳を持つ手をイメージしてもらいたいと思います。コーヒーの量がかわると当然カップを持つ指の力加減は変えないとコーヒーをこぼしてしまいますが、こぼす人がいないということは人は無意識にコーヒーの量によってカップを持つ指の力加減を変えているのです。

足の裏に力を伝えるというのはこのコーヒーカップを持つ指のような微妙な力加減と同様のことを腕全体のコントロールを行うことで相手の力を地面に伝えることなのです。決して体全体を固めて足に力を伝えることではないことに注意が必要です。

そのようにできたとき初めて相手が動き出します。ちなみにことき感じる感覚は当会の陰の技法を行うときに得られる感覚が非常に参考になります。そのため基本動作として陰の技法を稽古しておく必要があります。

投げたり固めたりは本の枝葉

核の気を使用した技を考えたとき、合氣道で大切なのは合わせと導き(誘導)であるということがわかります。

私の合氣道の師匠である故・井口師範は「投げたり固めたりは本の枝葉」ということをよく言われていました。要は投げたり固めたりというのは単なる結果に過ぎず、その前段階までが本当は大切だということでした。

要するに投げたり固めたりするその前にプロセスがあってそのプロセスこそ重要なのだということです。そのプロセスこそが当会で教える核の気です。師匠は「体の中心から気が出て力となったときこそが呼吸力がでるのだ」といいましたが、この中心(コア)からでる感覚があるため当会では核(コア)の気として核の気と呼んでいるのです。結果的には相手を合わせて誘導することなわけです。

井口師範は「元を忘れるな。何が幹であるかを知ることが大切」とおっしゃいました。そのため当て身の稽古をするように常々言われていたのです。

  ◆   ◆   ◆

今回は、当会が指導する核の気について少し深掘りしました。核の気というのはコアから出る気ということなのですが、身体を固めず(リラックスしていて)、腕の力加減をコントロールすることで足底に相手の力が流れる場所を探して相手の力と地面をぶつけるという技術なのです。

最もわかりやすい稽古は、手打ちのパンチを行って拳に感じた衝撃が直に地面に伝わるという感覚を養うことです。このとき重要なのは手の動きだけでパンチを行うということです。この当て身の稽古方法は前々回で詳しく説明していますのでそちらを参考にしてください。

核の気を使う当て身では前方向のみに力をぶつけるというやり方をしましたが、 核の気を合氣道の技で使う場合はこの感覚を四方八方に使う必要があります。ここがやはり難しいのですが、これも稽古次第です。

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合氣道と護身の間合い

皆さん! お元気ですか?
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さて、今回は一般の人にも役に立つ護身術の基本的な考えと護身の間合いについて話していきたいと思います。間合いというのは合氣道では相手との距離をいいます。護身を考えた場合、犯罪者と自分との間の距離ということです。

今回のブログでわかること

護身術の基本的な考え方がわかります。その考えから犯罪者と自分との間の距離で何をすべきかを理解することで、未然に安全が確保できるようになります。

これは一般的な護身だけでなく、合氣道のような護身を想定した武道において非常に大切な考えであり、技の稽古においてもこの考えをもって行うことが大切であり、合氣道を特に護身術として考えている人には必須の考えですので、是非理解して日ごろの生活でも意識するようにしていただくと、未然に危険から回避できるようになります。

目次

護身術の基本的な考え方
危険に関する3つの距離
犯罪者のリズムを見る

護身術の基本的な考え方

護身術というと暴漢などに襲われた場合を想定して、相手がどう攻撃したらどう避けるかという議論がよくなされますが、最も大切なのは安全確保です。

ですから護身術というのは戦闘術や格闘術とは全く違うものです。相手と接触するというのは最悪の場合であって、その際に用いる術(体術)を使うことが無いように努めるのが本当の護身術です。

このように話しますと、「じゃあ、体術は必要ないのか?」と誤解されますが、その最悪の状況において、少しでも状況を好転させるために用いるのが体術だと考えておく必要があります。ですから体術を使うことが起こるというのは最悪の状況であるということをまず頭において下さい。

そしてその最悪の状況において少しでも優位に立てる方法を取るのが護身術です。そのためいくら腕に自信があっても正々堂々と戦うという発想を持たないことです。

まず推奨できるのは、危ない状況になりそうな段階で、武器に使えるものを想定できることが大切です。例えば、相手に見えないようにボールペンを握っておいて、相手が攻撃してきたらボールペンを突き刺すなど相手の意表をついて攻撃を仕掛けることです。そう考えると、日ごろから身の回りのものを如何に武器にするかということを考えておくととっさの時に便利です。

そして武器が全くない状況において、初めて体術を使うという選択肢をもっておくことです。特に女性の場合は体術を知っているのといないのでは雲泥の差がでます。

何故なら性的暴行を狙う暴漢は弱そうな相手を狙って襲う傾向があるといわれていますから、襲った相手が手ごわいだけで逃げ出す可能性が高いといえるからです。

危険に関する3つの距離

前項でお話ししたように護身術は自己の安全確保ということが目的であるという点が大切といいました。そのためには危険な場所には近づかないというのが大切です。

しかし、仕事で遅くなるなどで、一人で夜道を歩く必要があったり、旅行などで一人で知らない街を歩く必要があったりすることが無いとは言えません。

そんな場合、犯罪を未然に防ぐために犯罪者と自分との間の距離を理解しておく必要があります。

それには3つの距離というものがあります。合氣道においては畳1枚分、畳3枚分、畳6枚分です。これでは一般の人にはわかりにくいので、2m、6m、12mと考えていただくと良ろしいでしょう。

まず遠い距離からお話しますと12mというのは、街中では暴漢から走って逃げるには十分な距離です。ですからこの距離で暴漢を見つけられると、走って安全な場所(人の多いところなど)に逃げることができるということです。

次に中間距離の6mですが、暴漢がすぐに襲える距離ではないということで、相手に隙があればすぐに逃げることができる距離です。また間に障害物のあるところに入れば相手は危害を加えることができなくなる距離です。ただし、多くの犯罪において犯罪者を6mまでで発見できないことで起こるといわれています。

ですから、危険と思われる場所を仕方なしに通らねばならない場合は、犯罪者を6メートル以上離れた距離で判断できる必要があるということを頭に入れておいてください。

最後に2mの距離ですが、これ以上近づくと非常に危険といわれる距離です。人が判断して反応するのに約0.5秒かかります。また2mは犯罪者があなたに近づくのにかかる最大の時間が0.5秒でもます。ですから2mの距離を確保できると、冷静であれば相手の刃物の一撃も躱すことができる距離でもあるのです。

ですから2m以内というのが最も危険な距離であり、体術が必要な距離ということです。合氣道においても最初の間合いが畳1枚分というのは非常に理にかなっています。

このように距離の知識をあらかじめ知っておくと、如何に暴漢にいち早く気づけるかというのが護身の要になるということがわかるのではないでしょうか。ですから、危険と思われる場所に一人で踏み込む必要がある場合、周りをよく観察することが大切であるというのは言うまでもありません。

犯罪者のリズムを見る

最後に、犯罪者をいち早く知るためのヒントを述べたいと思います。合氣道の師匠・故井口雅博師範によりますと、犯罪者が獲物を狙うとき独特なリズムになるといわれていました。

合氣道において「見る」というのは非常に重要な要素に位置しています。合氣道では見ることで相手のリズムを知り、合わせによって相手を制するわけですから、見るというのも特殊な見方が存在します。その味方を使って犯罪者のリズムを見るのです。

まず犯罪者のリズムについて説明しますと、例えば、人ごみの中でスリを働く人がいる場合、スリがターゲットに向かったときに独特のリズムができるというのです。

具体的には、街中の人ごみの中では、川の流れのように人は全体的に同じリズムで動いているそうなのですが、犯罪者はそのリズムとは違った動きをするというのです。ですから、よくよく観察していると簡単に見分けがつくということです。

ところが「よくよく観察する」なんてできないと思われる読者の方もいらっしゃると思いますが、井口師範が言われているよくよく観察するというのはじっと観察するということではありません。 リズムを見る目で見るということです。

合氣道には独自の見方、眼法があります。しかしそのやり方を説明するより、科学的な説明をした方がわかりやすいでしょうから、科学的な説明をしていきたいと思います。

人の目というのは、中心視野と周辺視野というのがあって、中心視野というのは静止したものをじっくりと観察するための視野であり、周辺視野というのは動きを観察するためのものです。これは特に草食動物によく発達しているもので、草を中心視野で確認しながら、周辺視野に映る遠くの肉食獣の動きをいち早く判断できるようになっています。

この周辺視野でみるようにすることで全体のリズムのなかの違和感を感じるリズムがわかります。ですから、全体をぼんやりと眺めるような目つきで様子を探るという癖をつけると、暴漢の接近がわかるようになるわけです。

  ◆   ◆   ◆

今回のブログでは護身の立場から間合いについて述べましたが、合氣道修行者もこの距離を常に意識する必要があると思います。

といいますのは、武道において大切な考えに「先」というのがありますが、この「先」をいつ取るかという点においてこの距離感が必要訳です。 ただ単に動く だけで、先を取る意識無くして武道が成り立ちません。

具体的には合氣道の稽古でこの点が抜け落ちることがよくあるのです。例えば、他の武道経験者に指摘されることなのですが、形稽古において相手を投げ技で投げた後、投げた相手が受け身をとって立ち上がってこうようとしている際に、有段者でも不用意にこの距離内でぼんやりと待っているというケースです。

これは相手が格闘経験のある相手なら、すぐさま攻撃を仕掛けてこれる状況であるという自覚がないまま、こちらが準備できるのを相手が待ってくれるという前提で稽古を行てしまうというようなことを平気でやっていることになるのです。

ですから、この距離(間合い)についてよく理解し、相手がいつかかってきても良いように、形稽古においても、気を抜かずちゃんと相手をよく観察しておくこと、いわゆる残心を忘れてはいけません。形稽古においてつい忘れがちになりますが、今一度間合いについて肝に銘じておくことが大切です。

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