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健康護身術を指導している橋本実です。

合気道の当て身は原理が違う

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です

さて、今回は合気道で使う打撃技である当て身ついて書いてみたいと思います。


合気道の当て身は原理が違う

僕は、以前に他の武道の人に合気道の打撃は話にならないということをたびたび言われました。

それで、合気道の当て身を実際にやってみると、大抵は驚かれます。

その理由は2つあって、一つは、基本的に考え方が違うため、初めて受ける当て身に驚かれるのと、見た目ショボいのにあたると思った以上に打撃力があるためです。

原理が違うという点では、パンチの出し方に、陽の当て身、陰の当て身、核の気の当て身と3種類あり、陽の当て身でも4種類のやり方があります。

これらは力の出し方が違うのですが、今回は陽の当て身の基本の一式の形だけを例にとって話してみましてもかなり技術が違うのがわかります。

合気道の陽の当て身の一式の形でのパンチは、どちらかというと体当たりに違い打撃法です。

第一式陽の当て身

そのため、使う軸も違います。

通常は、武道では、打撃攻撃をする場合、頭の天辺から地面に向かう正中線を軸として扱うと聞いています。

そのため、空手やボクシングでは正中線を中心に捻りを加えて打撃を加速します。また、パンチの突き出す方向も正中線です。

ところが合気道の場合は、正中線以外に、正中線に平行に左右に2本の軸を想定します。左右の軸の位置は乳頭の位置にあります。

そして、合気道では、正面突きを行う際も、右拳で突く場合は、正中線の右側の軸を使います。要するに、乳頭のラインに拳を突き出すわけです。

これは、合気道では半身で移動し、パンチには回転軸を使わないため、前方方向に運動する運動エネルギーをパンチに乗せて、まっすぐ打ち出すためです。

そすることでより大きな体当たり効果を実現することができるためです。

実験的に半身になって壁を押してみると分かります。まずは正中線に向くようにパンチを突き出して壁を押して見ます。

次の、右拳なら右半身になって、乳頭の延長線上に拳が来るように壁を押します。

この2つを比べた場合、正中線の延長上に拳をもってくるより、右乳頭上に拳を伸ばした方が、体がしっくりときます。

身体がしっくりくるというのは、骨格構造上、強い角度であるからです。

ですから、合気道の当て身というのは、体当たりを利用した打撃で、空手などの捻りにより生み出す打撃と違うのです。

そのため、合気道の正面突きの当て身では、体の傾斜を使って前進したり、上半身と下半身を一体化させるため、骨盤を後傾にしたりします。

ところが、合気道ではこのやり方を詳しく指導しない道場が多いと聞いていますが、やはり当て身も稽古をする必要があると僕は考えています。


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【意識の持ち方】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です

さて、今日は合気道では如何に意識の持ち方が大切かということを述べたいと思います。


力を受け流す時の意識

合気道の指導者はよく「相手の力を受け流しなさい」と言います。

相手の力を受け流すといわれてもっても、非常に抽象的で分かりにくいのではないでしょうか? 

そこで、「受け流す」を、「受ける」と「流す」と分解して考えていきましょう。

例えば、眉間を目掛けて手刀で打ってきた場合、要するに合気道の基本の正面打ちを仕掛けてきた場合について述べていきます。

先ず大切なのは、相手の手刀が最大速度になった時点で受けないという点です。

相手は振りかぶって、こちらの眉間を狙ってきますので、来るのを待って受けていると、相手の力が乗ったところで受けることになり、強力な手刀なら受けた方がのけぞってしまいます。

そのため、相手が振りかぶって来るや否や、相手の手刀を迎えに行くようにして、前に出て、受ける手の相手の力を感じたら、すぐさま、相手の力の方向をずらすように螺旋に捻ります。

そのためには、自分の皮膚感覚を敏感にし、相手の力を感じたらほぼ自動的に螺旋状に腕を回すことです。

そうすることで、相手の力を受けると同時に流すことができます。

ですから、受けるというのは「相手の力を感じる」までで、それから相手の力の方向を捩じって変えることで流すのです。


気を扱うときに意識

合気道でさらに、相手の力を力学的にベクトルを変えること以外に気を受け流すという技術を使います。相手は必ず攻撃する前に気を出します。その気に対して合気道では、「気に当たる」「気に当てる」「気を導く」と3つのいずれかの動作を行います。

「気に当たる」というのは、例えば、相手が殴ろうと意識した時点で、相手の方に顔を近づけると相手は思わず手を出したくなります。

それでは相手の攻撃に当たってしまうじゃないかと思うかもしれませんが、実は、人間心理の面白いところで、「殴ろう」という意志が起こったときには、まだ目標が定まっていないのです。

そのため、手に気が集まってはいるのですが、拳で殴る場合は、拳の周りの空間にも気が分布している状態です。

この状態で、拳の数センチ真横に拳があると想定して、それに頭をぶち当てるように動いてやれば、相手の気に当たることができます。

但し、このとき、「相手の気に当たりに行く」という意識が大切で、「当たった」あるいは「当てられた」と思ったら 、相手の気に当てられと本当に殴られてしまいますので注意が必要です。

この微妙な感覚が分かると、相手のパンチを誘導しやすくなります。

また、気に当てるというのは、相手が何らかの動作を起こす際にでる「気」に自分の「気」をぶつけます。

さらに、気を導くという場合は、相手の攻撃の目標を相手が気づかないうちに変えるテクニックです。

これらも結局は意識の持ち方によって行うことができる技術で、合気道では意識の持ち方が非常に大切です。


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【護身の最大の敵】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

僕は護身術ということで武術を教えていますが、護身に関する話をするとき、合気道をしている他の人たちと若干のずれを感じるときがあります。

今回はそういった護身について考えたいと思います。


パニックの時でも使えないと意味がない

長年ある武道をやっていた女性が言っていましたが、夜道を歩ていると後ろから付けてくる男がいたそうです。

そう思うと、心臓がパクパクと鼓動をたてはじめ、頭が真っ白になり、必死で走り出して逃げて難を避けたそうです。

もしあの状態で、遅いかかられていたら、日ごろ稽古をしていた技は一つも出せずに、襲われていたかもしれなかったとのことでした。

この様に、長年武道をやっていても、いざというときには心が動揺するものです。

ですから、日ごろ如何にそのような状況を想定して実感をもって稽古をしているかが問題となります。

ちょっと変な話ですが、僕は心霊現象によく出くわします。

それで、お経やお呪いや真言(マントラ)、九字など霊から身を護るためのもの覚えています。

かなり前の話ですが、僕は一度、夜中に鬼に寝込みを襲われたことがあります。息が苦しいと思って目を開けると、目の前に鬼がいて僕の首を絞めているのです。

僕は精神が動揺して、般若心経を唱えようとしましたが、全く思い出しもできません。

それで、もっと短い真言などを唱えようとしましたが、かなり沢山の真言を覚えていたのに、その時は全く思い出すことができませんでした。

僕はもう殺されると思った瞬間に、自分の手が空いていることに気が付き、手で九字の印を組みはじめました。

すると、九字の印を最後まで組んだ時、自分の上にいる鬼が急に苦しみだしました。それで、九字の印を何度も何度も行うと、鬼が、黒い煙を吐きながら真っ赤な光の玉になって逃げて行きました。

この経験からも僕は、パニックの時はお経を唱えるといようなあまり複雑なことは向かないと実感しました。

このように自分の身を護るときの最大の敵は、自分自身の心です。如何にパニックにならないかが問題なのです。

そのためには、何とかなるだろうと安易に考えず、パニックが起こることを前提に考えておく必要があります。

護身術のワンデイセミナーなどを依頼されたとき、特に女性に多いのですが、刃物で襲ってくる敵を綺麗に制する方法を教えてほしいという要望がありますが、そんなのは絵空事でしかないのです。

多分、そういったことをいう女性は、今までに取っ組み合いの喧嘩もしたことがなければ、恐ろしめに遭ったこともないのだと思います。だからパニックになるという発想が無いのだと思います。


護身も火災の避難訓練も同じ

学校や職場でも、火災時の避難訓練を行います。これは最悪の事態を仮定して、そのとき取るべき行動を予め覚えておくと、実際に問題が起こっても、パニックを起こさずにすむからです。

このように護身においても、最悪の事態を想定して、稽古しておくことも大切です。

そのため、暴漢に襲われそうになったら、まず考えることは安全の確保です。もし、相手がお金が目的なら、お金を差し出せばいいと思います。

でも、中には、暴力をすることが目的な人間もいます。通り魔のように誰でもいいから殺したいと思う人間もいるわけです。

そんな相手が現れたらどうするかということはある程度考えておく必要があります。

人間が一番パニックになりやすいのは、想定外の出来事が目の前に起こった時です。

ですから、日ごろからそういったことを想定して、そんな場合はどうするかを考えておく必要があります。要するに火災時の避難訓練として意識することで、パニックを少しでも緩和できる準備が必要なのです。

そして、パニックになったときでも役に立つのは、正々堂々と戦うのではなく、あらゆる卑怯なことをしてでも安全を確保することです。

そのためには、武器になるものは使う。無ければ、相手の目や金的やのどなどを突くということする。

しかし、パニックになったときは、絶対に日常使うモノを武器にするという発想はでてきません。日ごろから、周りのものをどう武器にするかと考えておく必要があります。


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【打撃技を受ける】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、合気道では、正面打ちや横面打ち、正面突きというような打撃技に対する形を稽古しますが、技を受けるということに関しては他の武道ぼど注意を払わない人が割合多いようです。

その理由は、試合がないことと、形稽古では決まったフォームから決まった打撃技が来るため、予測する必要もないし、連打を警戒する必要もないため、修行者はつい疎かになってしまいます。

ところが、合気道の技術で次のステップに行くには、この問題と面と向か分ければなりません。

そこで、今回は打撃に対する受け方について話したいと思います。


打撃の受けは手も気も引かない

合気道で指導者はよく「打撃に対して相手の力を受け流せ」と言いますが、具体的な技術が示されないことが多いです。

そこで、修行者はキャッチボールをするときのように、ボールの勢いを止めるように、受ける手をバネにして相手の打撃を引き込むことで受けようとします。

しかし、これには問題があります。その問題の一つは、気持ちが受けるという受けにまわること、もう一つは相手を崩すことができないことです。

投げ技などに移る際には、この2つは非常に問題です。まず気持ちが受けに回ると、連続攻撃があるときは、常に後手に回ってしまい、イニシアティブがとれず、自分から次の技にいけないことと、相手を崩せないと合気道独特の投げ技にはもっていけません。

以上のことを考えると、合気道の受けには、攻める気持ちがないといけないということと、相手を崩す意図がないといけないということです。

気持ちや心構えが受けにまわると、気が引けてしまい、相手に後方へ押しやられてしまいます。

また受けで相手の力を引いて殺していると、次の攻撃の対処ができませんし、ましてや相手を崩すことはできません。


受けは螺旋で受ける

そこで、相手の攻撃に対しては、引いて勢いにブレーキをかけるのではなく、前向きに運動エネルギーを乗せながら、相手の力を巻き込んで逸らせながら、相手の中に入るように受ける必要があります。

そのためには、螺旋を使うのです。螺旋の手を捩じる動きで、相手の力が回転によって別の方向に逃げます。

しかも螺旋は前に動く円運動ですから、相手の手を逃がしながらも、相手の中に入っていくことができます。

そうすることで、自分の運動エネルギーを殺さずにすむため、相手の勢いが止まった時、自分は動いているので運動エネルギーがあるため、相手に運動エネルギーが乗ります。

それによって、相手は捉えられ、バランスを失います。

このバランスを失った状態で合気道の技を掛けるから簡単に相手に技が掛けられるので、盤石の体勢にいる相手に技をかけるのではありません。

この点を意識して、稽古を行わないと、腕試しということで他の武道の人と手を合わせたとき、連打に驚くということはなくなります。


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【三年かけても良師をさがせ】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、例えば、合気道では打撃系の攻撃に対して「相手の力を吸収しなさい」と言われたことがある人は多いのではないでしょうか? しかし、具体的にどうするかというのは合気道では教えてもらえないことも多いと思います。

そのため、師範方は、「黙ってコツコツと稽古していればある時、忽然と悟りが啓けます」と話します。

ところが、悟りを啓くってそんなに簡単なことではありません。そこには師が深いかかわりを持っています。今回は、良し師匠の大切さについて話したいと思います。


ゲシュタルトと悟り

実は、ゲシュタルトといって、人には自動的に情報を分析して統合する能力がそなわっているので、何の前触れもなしに、あるときふと「あっ、そうだ!」とわかることがあります。

いわゆる悟りです。ですから、合気道では「技は自分で悟る必要がある」とされています。

ところが人間は一つのゲシュタルトが出来ていると、他のゲシュタルトができません。

例えば、ルビンの壺という心理学の本ではお馴染みの白黒の模様の絵があります。

これを二人の人物が向かい合っている絵とみることもできるし、花を生ける壺とも見えます。ところが、壺として見ている間は、人物は消えてしまいます。

しかし、実態は白いバックに黒い模様が入った絵にしかすぎないのですが、脳がこの情報を壺と判断すると、黒い部分が壺に見えてきます。これがゲシュタルトです。

そして、一つのゲシュタルトが崩壊して初めて、別のゲシュタルトが作られます。

ですから、人と人が向かい合っているというゲシュタルトは壺であるというゲシュタルトが崩壊しない限りみえないのです。

ゲシュタルトというのはそういった性質があるという理解が必要で、ゲシュタルトの崩壊があって初めて、悟りが啓かれるのです。


自分の技を進歩させるには

ゲシュタルトの形成と悟りの関係がわかったとおもいます。

しかし、技一つに対することでも悟りを啓くには、今までのゲシュタルトを崩壊させる必要があるということも分かったと思いますが、新たなゲシュタルトを形成するには、もう一つ問題があります要があります。

 それは何かというと、人間には安全な今の状況を保とうとするホメオスタシスという原理が働いているため、強く変化を望まないとすぐに元の状況に引き戻されるという問題です。

今の状況というのは、その人にとってその環境に適応した結果なので、非常に慣れた状況で無意識的には居心地が良いと判断してしまうためです。

それをコンフォートゾーンと呼びます。このコンフォートゾーンというのは、その人にとって居心地が良くないと思っていても、その環境に適応した結果なので、精神的なエネルギーの消耗が非常に少ないのです。

ですから、新たな環境に行って新たな適応が必要なことに対しては 無意識は 非常に抵抗します。

ですから、技一つとってもても、悟りを啓くには、淡々と稽古しているだけでは無理だとわかります。

そこで必要なのがゲシュタルトを崩壊する知識と、新たなゲシュタルトを構成する知識です。

それが合気道では秘伝というモノなのです。ですから、現状に不必要な秘伝は実は新たなゲシュタルトを形成するためには不要なのです。

ですから、あっちこっちの先生のところを渡り歩くジプシー修行家は、段階的な指導が受けられないので、結局は悟りが啓けません。

そのためには良い師を見つける必要があります。中国の名言に「三年かけても良師を探せ」という言葉がありますが、僕自身、井口師範のいう非常に良い師に巡り合えたお陰で、運動神経のダメな僕が今胸を張って武道家をなのれているのです。


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【先ということ】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今日は「先」について書きたいと思います。合気道のような決まった形稽古をしているとつい忘れがちですが、非常に大切な概念だと思います。


スパーリングという経験

合気道は受身の武道という人がいます。

一部修行者に誤解している人がいますが、技の掛け手に合わせて技の受け手が勝手に受け身を取るということではありません。

いわゆる「後の先」「先々の先」という戦法をとっていて、見た目、攻撃を受けてから、技を行う形稽古を行っているため、そう呼ばれるわけです。

ちなみに「後の先」「先々の先」というのは本当は正確ではなく「勝速日(かつはやひ)」なのですが、そこに行き着くまでには「後の先」「先々の先」を通過して「勝速日」に行き着くのだそうです。

ところで、「待つ」と「後の先」では大きな違いがあります。

しかし、合気道の稽古をするにあたっては、相手の攻撃を待つということをする修行者がかなり多いのではないでしょうか? しかしいったんその癖をつけると、様々な攻撃に対して対処することが苦手になります。

というのは、合気道では形稽古をするので、相手がどういう攻撃をするかを予め知っているから、簡単に対処できますから、様々な方法で攻撃する他の武道や格闘技を甘く考え、頭だけで考えで何とかなると思ってしまう人がでるからです。

そういった人には、ボクシングのスパーリング(仲間同士でやる模擬試合あるいは練習試合)の経験することをお勧めします。

そこで経験することは、相手の攻撃が思うほど簡単に予測できないし、捌くのも、避けるのも難しいということです。

そこで初めて、「先」の大切さを学ぶと思います。


先について

実は、合気道は武道の素養のある人が学んぶ武道だったため、「先を取る」というのは、あまりにも当たり前であったため、全く解説がなされていません。

しかし、近年は他の武道を経由せず、合気道をする人がふえているため、先手をとるという考えを持った人が増えているため、どうしても頭で考えた対処でできると思いがちです。

これは様々なスポーツでもいえることです。攻撃は最大の防御といいます。先に攻めることは優位な立場をとれるという経験則からきています。

ところが、武道として技が成熟してくると、「後の先」と言って相手の攻撃を受け流して攻撃仕掛けるという発想がでてきます。

見た目は、受け身的に見えますが、実はこれにはテクニックが必要で、先を取る心構えがあって初めてできるものです。

そしてその上のものとして「先々の先」といって、相手の氣を読んでその気を制するやり方になります。これには目の使い方が大切になります。

先々の先ができると、遠当てといって、相手の氣に当てて相手の動きを一瞬止める技術も可能になります。

さらに、合気道では、「先々の先」の更に進んだものとしてmの「勝速日」というものも存在します。

これらを理解するためには「先を取る」というものを経験し、段階を上げていくしかありません。


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【合気道と筋トレ】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今日は「合気道と筋トレ」についてです。です。


呼吸力と筋トレの力

僕の合気道の師匠・井口雅博師範は、「合気道の極意は、呼吸力・気の流れ。螺旋形」とよく常々言われていました。

「螺旋形は、相手の力を吸収して前に進む。気は前進しなければ消えてしまうから、ぶつかって止まったら合気道は終わり!」と言われ、螺旋形は気の流れを作るのに必須であるということでした。

それに、相手のパワーも巻き込めるぐらい呼吸力(合気道独自の力の出し方で、体幹の力と運動エネルギーを伝える柔軟性を併せ持った力の出し方で出る力)が必要なのです。

子どもには合気道の達人がいないのは、呼吸力がないからだとおっしゃっていました。

そこで、呼吸力をつけるにはどうしたらいいかと聞くと、重いものを持つことだとおっしゃいました。

そこで、ウェイトトレーニングをした方がいいのかをうかがうと、「あれは力を入れる癖がつく、合気道は力を出さなあかんのや。あんなもんやったら、動きが形なるだけや。合気道で大事なのは、力が流れることや」

実は僕は、呼吸力が分からなかったので、丁度そのときジムに通い出して3カ月ぐらいだったのです。

ところが、見事、撃沈されました。

ウェートトレーニングも三カ月ほどすると、始めた当初よりも、筋力の増強が見えてくる頃ですが、と同時に自分の合気道の技が固くなったと感じ始めたときでもあったのです。

でも、合気道の力の出し方、呼吸力とは相反するものであったのです。


筋力は否定しない

こういうと、合気道は筋力を否定してるかのように思うかもしれません。

そのため、一部の合気道の師範は筋力を完全否定する人がいます。

しかし、人間は動くには必ず筋肉が必要なのです。その証拠に脊髄損傷した人は、いくら気を鍛えようとしても動かすことができないのです。

本当に気だけで手足が動くなら、そういう方々には本当に大きな希望がありますが、現実は非常に厳しいものです。

井口師範はかなり太い前腕をしていました。筋肉を使わないのなら前腕が発達することが無いのです。

井口師範は、合気道を始めた当初に合気会師範部長だった気の研究会の藤平光一師範もかなり太い前腕をしていたと指摘しています。

そこで私は井口師範にどうすれば呼吸力が身につくかをうかがったところ、鉄の杖(じょう)を振りなさいといわれました。

結局、動きの中で負荷を与えるとともに、負荷を自由自裁に扱える柔軟性が必要ということなのです。

ウェイトトレーニングは、重いものを重く感じることで筋肉の成長を促しますが、合気道は重いものを如何に軽く、素早く動かせるかが大切だったのです。


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【「さっ」と「さーっ」の違い】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今回のタイトル、意味わかりませんね。実は師匠が生きておられたときに注意されたことなんです。


人のタイプ

人には、大きく分けて3つのタイプがあります。体感覚タイプ、聴覚タイプ、視覚タイプです。

体感覚タイプの特徴は、「理屈じゃない。体を動かせ」というように、体の感覚を重視するタイプで、話し方はゆっくりで、体で感覚を再現しながら話すといわれています。

聴覚タイプの特徴は、「理論を重視するタイプで、理路整然と論理で考えます。言葉に敏感で、常に言葉で考えるタイプです。そのため他のタイプより独り言が多いのが特徴です。話す速度は中ぐらいです。

視覚タイプの特徴は、思考はビジョンを重視します。さらに見た目の良さなどが重視され、どう見えるかを考えます。この人の話方は、見えたものを実況のように話すため、非常にテンポが速いのが特徴です。


達人は体感覚の人が多い

僕は合気道の達人・井口雅博師範に合気道の指導を受けました。

基本的に昔の人ということもあり、「体で覚えよ」式の指導でした。

そして、指導でも、「さっとじゃなく、さーっとや」というような表現をする人でした。

僕は理屈屋の聴覚タイプなので、「さっ」も「さーっ」も同じ「さ」にしか聞こえませんでした。

だから、師匠が何を言っているのか分からなかったのです。

しかし、何年も付き合っている中、違いが分かるようになりました。

師匠には、「さっ」「さーっ」「さーあーっ」などその場その場でいろいろな表現があったのです。

言葉が伸びているということは体の動きにフォロスルーを大切にしているということです。

だから、「さーっ」は「さっ」よりも気の流れがあるということで、「さーあーっ」は後に行くほど加速されている感があったりということだったのでした。

武道家やスポーツプレーヤにはこういった体感覚の人が非常に多いので、聴覚タイプや視覚タイプの人は、言葉の長さが体の状態を示していたりするということを理解して、指導を受けるとまた違ったものが見てくるのではないかと思います。


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【今後目指すべきもの】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今回は心と体と相手についてお話ししたいと思います。


何故、心と身体が統一できないのか?

心身統一すると大きな能力が発揮できる ことは、誰でも知っていることだと思います。

ところが心身統一というのがことのほか難しい。

これをNLP心理学的に考えるとその理由がわかりやすい。NLPでは、思考や言葉だけでなく動作も、身に付けたプログラムで動いているようなものであると捉えます。

例えば、自転車に乗るという行為を考えてみるとわかると思います。

自転車に乗ることを意識しながら乗っているのは、自転車に乗り始めたころで、慣れて来るにしたがって、殆ど自転車をこいでいるという意識はあまりありません。

そして、頭の中で別のことを考えていても、自転車は進みます。

そして、誰でも経験があると思いますが、あることに夢中になって考えながら自転車に乗っていると、いつの間にか目的地近くについていたという経験を。

このように、実は僕たちの行動はプログラミングされ、慣れると自動的にやってしまうため、この時点から、意識と行動がずれることになるのです。


心身統一の目指す先

さて、人間には慣れたものをプログラムとして切り離すという機能があるということを述べましたが、これでは、いつまで経っても心身統一というのこはできません。

このためには、意識を静に保って、常に相手を受け入れる感覚をもって外界を感じている必要があります。

いわゆる変性意識状態というわれるもので、これが僕たち合気道の修行者が目指すものです。

この変性意識状態は宇宙をも意識できる特別な意識状態といわれていて、スポーツでいうゾーンといわれるものです。

しかし、このゾーンに入るには非常に難しく、スポーツに命を燃やしている人達が必死に追い求めても、滅多に入ることができないものです。

禅僧ですら、一部の人しか常にそういった状況に入れないと聞いています。

しかし、今後は、このゾーンに入る方法を僕は探していかなければと考えています。


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【パラダイムシフト】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、人は大きなレベルの変化をするとき、必ずパラダイムシフトが起きます。

今回はパラダイムシフトについて話していきたいと思います。


パラダイムといういこと

本日の稽古は参加者が二人と非常に淋しい稽古になりました。参加したのは1級と5級の会員でした。

今回、人数が少ないので、かなり踏み込んだ内容に入ってしまいましたが、最近1級の会員の技の切れが良くなってきて、以前は首をかしげたと思われる技術を示すと、すぐに納得できるようになっていました。

一方5級の会員の方は、以前の1級の会員のように、体と心がちぐはぐという感じなわけです。

それでいて、1級の会員には何故5級の会員ができないのか分からないというような雰囲気でした。

「実は、それは半年ほど前まではあなた(1級の会員)も同様にできなかったのですよ」と言いたくなるぐらいでした。

これは、明らかに1級の会員にパラダイムシフトが起こったということです。

パラダイムというのは、「のものの見方・考え方を支配する認識の枠組み 」といわれるもので、要するに見えるものが違うということなのです。

人はレベルが上がると、今まで見えていたものと違う認識を行うようになります。


切っ掛けはささいなこと

多分切っ掛けは螺旋の秘伝を教えたことだと思います。

この会員はもとフルコンタクト空手をやっていたので、一つ一つの動きにパワーを込めるような動きであったのです。

一方、合気道は一つ一つの動きじゃなく、一つ一つのプロセスという考えで、技はの続性を重視します。

早い話が、デジタル的な動きかアナログ的な動きかという点です。

これが合気道の動きは点ではなく、線で動くといわれる所以です。

螺旋の秘伝の伝授で連続性を獲得したこの会員は、合気道の技の成り立ちに、プロセスの連続性の大切さがわかったのです。

そのため、今のプロセスから次のプロセスへの連続性が理解し、切り換えをスムーズに行う感覚が身についたために、突然技が変化したと考えられます。

このように、技に大きな変化が起こる場合は、ほんの些細なことで、パラダイムが変わるのです。

禅の話など聞くと、一休禅師はカラスの鳴き声を聞いて悟りを啓いたと言われますが、本の些細なことがパラダイムをシフトさせるのです。

人間って本当にふしぎです。


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