【古い合気道と祝詞】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今このブログでは、古い合気道と古神道の儀式について書いてますが、今回は祝詞(のりと)について述べたいと思います。

 


祝詞の奏上

古い合気道では稽古を始める前に祝詞を奏上しました。それで、井口師範はその形式を守って、必ず稽古の前に祝詞を奏上して稽古を行っていました。

祝詞は、天津祝詞といわれる短い祝詞でした。天津祝詞にも何種類かあって、大本教で奏上されていたものと同じものを奏上されていました。

祝詞を知らない人のために、記載しておくと

高天原に大天主太神
あまたの天使をつどへて永遠に神つまります
神ろぎ神ろみの御言もちて
神伊邪那岐尊つくしのひむかのたちはなのをどのあはぎがはらに みそぎ祓ひたまふ時になりませる祓戸の大神たち
もろもろの曲事罪穢を
祓ひたまへ清めたまへとまをす事の由を
天津神 国津神 八百万の神たちともに
天の斑駒の耳ふり立てて聞こしめせと
恐み恐みも白す

というものです。

短くまとめると、高天原にお住いの大宇宙の根本神を中心にそれに使える神々、そしてその系譜の神々、さらにはこの世界のすべての神々に、清め、祓いをお願いする内容です。

 

 


武道と祝詞の関係

 

高天原というのは神々が住まわれる世界のことですが、そうすると、高天原は私たちと直接関係がない場所ということになります。

ところが、神道では大宇宙と小宇宙という考えがあります。大宇宙というのは宇宙の根本の神のことで、小宇宙というのは人間のことを示します。

さらに、人間の魂は大宇宙の根本神の分け御霊ということで、人間は大宇宙神にあることはすべて備わっていると解くということです。

この宇宙は、大宇宙身神を中心に、さまざまな神々が一致協力のもと宇宙や世界を運営しているものです。

これを人間自身で考えると、意識して心臓を動かしたり、呼吸したり、食べ物を昇華したりなどしなくても、体が勝手にやっているわけです。

こういったことを考えると非常に人間とは不思議なものと思わざるをえない気分になります。

さらに、心は自分のものでありながらも、殆どが無意識に依存している点もある訳です。

このように人間も、神の分け御霊というようなに、人間自身の分け御霊とで例えられる様々な機能から成り立って構成されていることがわかります。

しかしながら、そういった機能が十分に働かない場合、自分自身の調和を乱してしまうわけです。

武道では、心身の調和が非常に大切なのです。

また、神道では、自分の肉体が自分の魂の住処であるということから、は自分自身の肉体を自分の魂の高天原と考え、さらには自分の周りを高天原と考え、調和を取り戻すということを祝詞を奏上することで行うのです。

我々武道家が目的にしている明鏡止水の境地が心身の調和ということですから、目的が同じわけです。

 


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