【受動的待ちと能動的待ち】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、合気道は受け身の武道と呼ばれることがよくあります。合気道では投げられたときに受け身をとるから、そう呼ばれるのではありません。

見た目が相手の攻撃を受け手から行うから、受動的な武道ということで「受け身の武道」といわれるようです。

ところが、実際は、 見た目は受動的でも、 合気道は非常に能動的な武道です。


受動的と能動的態度では大違い

やる気がある人とない人では、どんなことでも大きな違いがあり、やる気のある人の方がはるかにパフォーマンスを発揮するというのは、経験から誰も異存はないと思います。

これは、脳の活動と非常に関係しているのです。脳の研究で有名な東大の 池谷 裕二 (いけがやゆうじ)教授のネズミのヒゲの話があります。

ネズミのヒゲは、とても敏感で、 人間の人差し指の先くらいの感度があるようです。

それで、ヒゲでちょっと触れただけで、それがザラザラしたものか、ツルツルしたものか、 判断できるようになっています。

それがなぜ分かるかというと、それぞれ触れた場合の脳の反応が違うからです。

具体的には、 ヒゲに対応した脳部位のニューロン(脳神経細胞)の反応の記録をとると、 ザラザラしたものにヒゲが触ったとき、 ツルツルしたものに触れたときでは、 ニューロンの反応パターンが違っている事実が記録されてることからそれが分かっています。

さらに、面白いことがあって、ヒゲに触ろうと、ものを近づけるてヒゲに触れさせる反応より、ネズミが自分からヒゲを動かして触りにくるときの反応の方が10倍ぐらい強いんです。

要するに、能動的か受動的かによって、ニューロンの反応が違うということです。

これは、人差し指で感じながらモノに触れるのと、何気なく触れるのでは感度に差があるというのは誰もが日ごろ経験していますから、当然のことといえば当然なのですが、科学的に記録されたという点がすばらしいと思います。

若い人たちは、精神論に対して、ときどき反抗的になって「証拠でもあるのか?」と言ってきますが、こういったデータがあるということで、客観性があることを示せるのは本当にすばらしい。


私は立っておればよいの真意

合気道開祖・植芝盛平翁先生は次のように言われました。

 *  *  *

相手の目を見てはいけない、
目に心を吸収されてしまう。

相手の剣を見てはいけない、
剣に気が把われてしまう。

相手を見てはいけない、
相手の気を吸収してしまうからだ。

真の武とは相手の全貌を吸収してしまう引力の練磨である。

だから私はこのまま立っとればいいんじゃ。

 *  *  *

この言葉も合気道が受動的な武道と誤解を受けるものです。

これは、ただボーっと立っていると誤解されがちですが、そうではありません。

この引力の錬磨というのは、感覚を鋭敏にして、自分を取り囲む空間全体に神経を研ぎ澄ませ、空間の変化が肌で感じられるような状況を観ることで、目で単に相手だけを見るものではないということを示唆した言葉です。

合気道の待ちは能動的な待ちということです。


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【パフォーマンスを上げる】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、前回に引き続いて、脳と合気道の関係を考えていきたいと思います。


ポジティブな感情で上がるパフォーマンス

さて、前回は怒りを持つと身体のパフォーマンスが上がるという話をしましたが、知能が下がって、知的な戦略、戦術が使えないということにつながるということでした。

しかし、人間は、怒り以外でも身体のパフォーマンスがあげることができます。

それはポジティブな感情を持つことです。オーリングテストというものがあります。

これは、親指と人差し指か中指をくっつけて、丸を作り、別の人にその作ったリングを両手で切り離してもらうものです。

先ず、ネガティブな言葉を言って、このテストをやってみましょう。すると、パートナーはそんなに力を入れずに簡単にリングを切り離すことができます。

例えば、「私はとても運が悪い。何でこんなについていないんだ。何をやっても上手く行かない。本当に私はダメな人間だ」と3回繰り返してテストをやってみましょう。

パートナーにこのときリングを切り離した力をオボテ貰い、つぎにポジティブな感情を表す言葉を言います。

例えば「私はとても運がいい。何をやってもうまくいく。何をやっても楽しいし、周りの人にすごく愛されている。本当に幸せだ」というのを3回言って、テストをやってみます。

すると、パートナーは先ほどあまり力を込めずに簡単に切り離せた指が中々切り離せず非常に苦労します。

このように、人間はネガティブな感情の言葉を発しているときと、ポジティブな感情の言葉を発しているときでは、筋力も大きく異なります。


元気な身体活動もパフォーマンスを上げる

人はポジティブな感情の言葉を出しているときは、非常に良い身体のパフォーマンスになるということが分かると、言葉の使い方が非常に大切だということが分かると思います。

さらに、言葉だけではなく、「しょぼん」と三回唱えながら、力なくうつむくというのと「万歳」を三唱しながら、手を万歳して、オーリングの実験をしても同じことになります。

このように元気な身体活動も身体のパフォーマンスを上げます。

そのため、日本の武道では、気合いと言って声を出しながら元気に稽古をするわけです。

合気道でも、天の鳥船という船漕ぎ運動がありますが、このときも元気いっぱいにすることで、身体のパフォーマンスを上げているわけです。

それをやって、振り魂という一種の瞑想法を行うことで、集中力を増し、次に行う稽古の準備になるわけです。

合気道には、一見胡散臭そうな、古い時代の稽古方法が入っていますが、実はかなり科学的なのです。


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【怒り? 愛?】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、前回は脳と合気道の愛についてお話ししましたが、今回はさらに踏み込んだ話をしたいと思います。


古い脳ほど無意識に強い作用

合気道で愛を説く理由ですが、これは脳の構造上で非常に合理的だからです。

前にもお話ししましたが、人の脳は、進化の段階で、 生命を維持する脳(脳幹、間脳)の上に感情脳(大脳基底核・大脳辺縁系)が加わり、最後に思考脳(大脳新皮質) が追加されるという形で獲得されてきました。

そのため、新しい脳より、古い脳の方が行動では優先されます。しかも、潜在意識や潜在能力についても、古い脳ほど強烈に作用します。

感情脳は思考脳より強烈に潜在意識や潜在能力に作用するということは、感情が体の状態に影響を及ぼすのは当然のことです。

ところで、脳の構造から考えると、「怒り」の方が闘うというのに優れた感情のように見えます。

何故なら、動物が激しい怒りを感じるときというのは「攻撃」するときです。そのとき、体は相手を攻撃するための準備に入ります。これにより非常に素早い動きが可能になります。

具体的には脳内では、闘うホルモンであるノルアドレナリンが分泌されます。ノルアドレナリンの働きにより、神経が興奮させられ、血圧や心拍数を上げ、筋肉に効率よく血液を運び、体を活性化ることで、攻撃する準備に入ります。

このように「怒り」というのは、闘争のための準備なのです。


何故、合気道では愛を説く?

相手と闘うときは、身体が闘う準備ができる、「怒り」を爆発させた方がいいように思いますが、実は、これには欠点があります。

その欠点とは、怒りを持つと、大脳との接続が気薄になり、思考力が働かなくなる点です。要するに、判断力やIQが下がることで、単純な筋肉の力による闘い方になってしまうのです。

一方、合気道は「相手の土俵で闘わない」という発想で、力と力では闘わず、頭を使って闘うという選択肢をとります。これは、人間独自のスタイルであるわけです。

そのため、合気道ではネガティブな感情を持たず、最もポジティブな感情である愛を持つように言われるのです。

それにより、感情脳の中のやる気脳である側坐核が反応し、A10神経系を通じて、ドーパミンという快楽物質を放出することで、大脳の働きを高め、判断力をより高める手段をとるわけです。

さらに、ノルアドレナリンで身体を活性化するかわりに、骨格構造を活かした素早く反応できる姿勢や、強い骨格のポジションを使うことで対処します。

要は、相手が本能できたら、合気道は頭で闘うという選択肢をとるわけです。

ただし、頭を使うといっても、単に考えて行うというものではなく、状況を判断して的確に技を選んでたたかうということです。


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【脳から見た合気道】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今日は脳に関して話を書きたいと思います。


合気道はどうして愛をとなえるのか?

合気道開祖・植芝盛平翁先生は、「合気道とは愛である」と言われています。

これを脳で考えたとき、非常に合理的であるというのが分かります。

というのはまず「愛」とは感情であるということです。ですから、合気道の愛というのは頭で考えた愛ではなく、感じた愛である必要があります。

何故、感情である必要があるのかというと、人間の脳の構造上、思考より、感情が優先されるからです。

人間の脳の進化の段階を考えると分かるのですが、脳を機能的に分けると、まず最初にできたのが生命を維持する脳(脳幹、間脳)、次に感情脳(大脳基底核・大脳辺縁系)、そして思考脳(大脳新皮質)と発達してきているのです。

そのため、思考脳より、感情脳の方が優先される仕組みになっていて、人がコントロールされるのは感情が動いたときなのです。

この原理を知っていると、武道をするにも感情が大切だということがわかります。


明鏡止水の境地はポジティブな感情

ところが、格闘技の試合とかでは、「もっと冷静になれ!」とよく指導されることがあります。

そこで、感情=悪という考えがでてきますが、実はこれは間違いなのです。

というのは、冷静の境地になったとき「明鏡止水の境地」というゾーン体験があられるといわれていますが、この状態は実はポジティブな感情に満たされたときにラわれる状態です。

人間の感情脳には、好き嫌いを判断する偏桃体とやる気をコントロールし、大脳を活性化する側坐核というものがありますが、偏桃体でポジティブな感情が発生するとやる気脳である側坐核がすぐに働き、大脳を活性化し、判断力をあげます。

側坐核が活性化すると、快楽物質というドーパミンが放出されると言われています。ドーパミンが放出されると、快感を脳が感じるようになります。「楽しい、ワクワクする」という状態です。

その快感を感じ極度に判断力が上がった状態が「明鏡止水の境地」なのです。

ですから、好ましい感情を作り出して、自分のやっていることに快感がでてくることが大切なわけです。

それが合気道では好ましい感情を「愛」とよんでいるのです。


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【形稽古とフレーム】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今回は形稽古の取り組み方について話したいと思います。


ぶつかるときはフレームに嵌っている

NLPは心理療法に一番多く使われますが、そこで大切なのがフレームという考え方があります。

このフレームという考えは、合気道においても非常に大切だと僕は考えています。

どんな物事でも、見方にはいろいろな面があり、ある人は右から見て、ある人は上から見てというように、色々な捉え方ができるのは、読者の方々にも異存がないと思います。

フレームというのは、ある物事に対して、人がそれを理解するのにどんな角度で理解するかということです。

そして、人間はその角度で理解したなら、他の角度に関しては理解できなくなるというものです。

例えば、「水筒にお茶が半分しか入っていない」と思うと足らなくなるか急に心配になります。でも「水筒にお茶が半分も入っている」と思うと余裕がでてきます。

このように同じ現象でも捉え方が違うだけで、全く正反対のことに心が支配されるのです。このように一つのフレームに支配されると、別のフレームでの見方が見えてこないということが良く起こります。

形稽古をしていると、相手はこちらの癖やすることが分かるようになると、ワザと相手が逆らってくることがときどきあります。そのとき相手と力がぶつかり、技が効かない状態になります。

これは、自分はこうするというのが相手に伝わってしまっているのです。実はこのとき、自分のフレームが相手に読まれてそれを利用されているということが考えられます。

言い方を変えると、こちらがこうすると認知した相手のフレーム内で戦ているということでもあります。

合気道の前提は「相手の土俵で戦わない」という考え方をしますが、これは言い方を変えると「相手のフレーム内で決して戦わない」と言えると思います。


リフレーミングと一期一会

僕の師匠である井口師範は「合気道の技は一期一会、同じように見えても毎回違う。精密機械のようにに毎回毎回同じように動いていたら、相手はバカじゃなのだから技にかからなくなる」とおっしゃいました。

合気道開祖である翁先生も、合気道の技は千差万別、無限に技があるというようなことを言われています。

ですから、形稽古というのは、同じ動きに見えて、形にこだわらない自由な発想・自由な動きを得るための稽古ともいえるわけです。

私たちは、ついどれが正しいのかと一つのものに答えを求めようとしてしまいますが、答えはその都度ちがうというのが井口師範の回答でした。

要は、一つのフレームで戦わないというのが形稽古の意義というのとになります。そうでなければ、相手にワザと技にかかってもらうのが当たり前という発想は間違いであるということがわかります。

演武では、技の受けを取る人が、綺麗に見えるように大袈裟にわざわざ技を行う人のために飛んであげたりしますが、これを稽古に用いると合気道が武道ではなくなります。

ですから、相手のためには時には逆らって、あなたの動きは読めますよということを教えてあげないといけません。

そうでないと、自分は強いと勘違いする女性がときどきいますが、そんな女性がもし暴漢に襲われたら、冗談ではすまないことになっちゃいます。

そういうことで、自分のフレームが読まれ、相手のフレーム内で戦っているということがなのだから、自分のフレームを変える必要があるということを知らせてあげるのも形稽古だからできるのです。

NLPではそれをリフレーミングといいます。このように形稽古では、常に自分のフレームを観察し、パターンに陥っていたら、新しい視点でリフレーミングしなおすということが必要になります。


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【形稽古の世界】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、空間感覚の話からその感覚をつかむのに当て身が大切という話をしてきましたが、ちょっとここで記事をまとめてみたいと思います。


虚虚実々とは違う世界

合気道の特徴は、競技武道でなく、形を繰り返し稽古することで技を確かのものにしていく形武道であるという点です。

中国武術では、形を繰り返し稽古する表演派と実戦稽古する実戦派に分かれていますが、試合をしない合気道は表演派と同じかというと、事情が異なります。

というのは、中国武術の場合、表演は一人で行いますが、一般的には合気道の形稽古は相手と二人で行うのが普通です。

ということで、合気道では、技を受ける相手は自分の行う技の手順を知っているという条件で、相手に如何に逆らわれなく技を行うかということが前提になっています。

これはある意味、競技武道よりも難しいのです。

競技武道では、やると見せかけてやらない、左と見せかけて、右を打つなど、虚々実々のやり取りが可能ですが、合気道の形稽古においてはそれができません。

それをやると、結局試合のような形になってしまいます。


相手の土俵で戦わない

武道で、虚々実々以外の方法というのはどういうことでしょうか?

その答えが、合気道では相手との和合を説いたのです。言い方をかえるならば、「相手の土俵で戦わない」ということです。

感覚的には、物理的なぶつかり感を作らないというものですが、実は意識レベルでも相手とのぶつかりを作らないのです。

例えば相手が右手首をしっかり持ちに来たら、通常は相手の力に逆らってしまいます。これは武道をしていない通常の人の反応です。

人間は、無意識的にまず安定を保とうとします。そのため、相手の力に逆らって相手とぶつかることで、一番安定した状態をつくろうとします。

ところが、相手の力が自分より上回っていると、相手の力に引き込まれます。力対力の限界ということです。

合気道の合わせでは、相手との接点を相手に与えてしまうことで、接点の意識さえないような状態にしてしまいます。

そうすると、抵抗がないので「相手は暖簾に腕押し」の状態となりどう力を入れていいかわからなくなります。

そして、手の指先、或いは肘を動かすというように、相手が予期せぬところに自分の意識をもっていくことで、相手はコチラの意図が全く読めなくなります。

その結果相手は、動き始めてそこで、相手の動きが分かるということになるのです。人間には反応速度というのがあって、見た目で判断する場合、それに反応するには0.3~0.7秒かかるのですが、動きが螺旋状の動きをすると、毎回動きが変わるので、相手はその動きに合わせることができなくなります。

ですから、合気道ではぶつかりができると何か間違いがあるとされるのです。


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【空間感覚と当て身】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、合気道では遠当てや合気投げと言われる技術が存在しますが、これらは「気」が充実したときにできる技であると言われています。

「気」が充実するとは、精神が非常に落ち着いていて、 非常に高い集中力を得た状態をさすようです。それはスポーツ界ではゾーン体験といわれる状況に近いと思われます。

では、遠当てや合気投げなど気を使った特殊な技術では、やはりそういった特殊な精神状態に入る必要があるのでしょうか?

今日はそういった面について話したいと思います。


気を使った技術はゾーンと無関係

世の中に、ゾーン状態を作れる人が確かに存在します。特に武道家には多いようです。

ゾーン状態になれば、そういった原理がわからなくても、気を使った技ができるのは事実です。

でも、いつでもそのような特殊な精神状態になれればいいのですが、凡人は10年に一度ゾーン体験ができたら、それで素晴らしい方だといえます。

そのようにゾーンにいつでも入ることができないと、遠当てや合気投げのような気を使った特別な技術ができないのでしたら、多くの修行者にとっては本当に残念なことでしかありません。

しかし、遠当てや合気投げのような気を使った技は、実は原理があり、その原理が分かれば、誰でも高い再現性でそれを再現することができます。

それは、空間感覚を磨き上げて、自分で空間を作り上げ、支配することができればよいだけです。


空間の支配は当て身が基本

例えば、認知科学を応用した空間の支配法というのがあります。それは、手と向かい合っているときに、目の前にお茶が出されていたら、相手が行動する前にまず湯飲みを数センチ移動するだけで、次の瞬間にはその場を支配した状態になるそうです。

合気道でも、空間を支配するための技術が沢山あります。その稽古をするのが遠当てで、その基本が当て身の稽古になります。

日ごろの当て身の感覚を身に付け、相手の反応を誘導する当て身はどういったタイミングで、どういった当て身の出し方をし、どういった感覚をもっているとできるかを思考錯誤で身に付けていきます。

これにより、相手のこの瞬間に、こちらが動くと遠当てができるというのが分かるようになります。

ですから、わざわざ遠当ての稽古をしなくても、日ごろから当て身を技の中に使う稽古を繰り返していると、分かるようになるものなのです。

そのため、形稽古では必ず当て身を寸止めで入れるという習慣が大切です。

ただし、ただ動作として入れるのでなく、空間を意識した状態で当て身を入れる必要があるので注意が必要です。


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【攻守同時の打撃】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今回は、攻守同時の打撃についてお話ししたいと思います。


受けと同時に打撃を行うことの重要性

井口師範は、合気道の技を行う際、特に打撃に対する受けを行う場合は、かならず受けと同時に打撃技である当て身を入れるように指導されました。

飽くまでも受けと打撃が同時になるように指導されたのです。

これは、合気道では技を行う際に必ず陰陽を理解している必要があり、一つの手に気をまわしているだけではいけないと「右手を使ったならば、左てが遊んでいるようではいかん」と言われました。

これは、中丹田を意識することと、さらには、上丹田を意識する意味があります。

合気道では、臍下丹田である下丹田、中丹田、上丹田の3つを使えるようにしないといけないということです。

下丹田は物理的な力を伝えるのに関係があり、中丹田は左右の手のバランスや骨格上の最も有効な使い方などが関係しており、上丹田は自分を取り巻く空間の認識に関係があります。

このように、受けと当て身、攻守同時の使い方を行うことで、3つの丹田を使うと同時に、空間を意識するという訓練をするようになっているわけです。

ですから、「世界平和を目指す合気道において、人を痛めつけるような技はふさわしくない」とばっさりと当て身を切り捨てることによって、大切な空間感覚を養う訓練も切り捨てることになってしまいます。

概念主義や精神主義に傾かず、本質が何かを探求するのが大切です。


空間を意識する

僕が学んだ井口師範の合気道では正面打ちに対する形では、正面打ちを受けるとともに相手の脇腹に当て身を寸止めで入れます。

これは、無意識で当て身を入れるものではありません。正面打ちを受ける意識と当て身を入れる意識が同時に存在することで、意識は広い空間を感じることができます。

ですから、右手と左手だけを意識するものであってはいけないのです。

例えば、右手で相手の手刀をうけたなら、そこに意識の中心をおいて、さらに意識を左手まで広げます。この意識が大切です。

このように空間を意識する稽古をすることで、空間感覚を養い、自分が空間を支配する側に入ることができます。

空間を支配できたなら、相手の動きが作る空間と自分の空間で陰陽を作って、円転の理によって相手と調和した動きを作るわけです。


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【肋骨打ちの拳と手刀打ち】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

さて、今回は当て身の基本の第二段として、特殊な拳の握り方と肋骨を打つときの拳の握り方と手刀打ちについて述べたいと思いまします。


肋骨打ちの拳

僕が学んだ合気道では、実戦で用いる当て身では、非常に弱い肋骨の下部を狙って打ちます。

そのため、拳は特殊な形をとり、打撃する場所も拳頭ではなく、人差し指または中指の第二関節部です。

ですから、人差し指と中指を深く握ると、第二関節部を相手の肋骨に当てるのが難しくなるため、浅く握ることになります。

ところが浅く握った場合、打撃の際、指が内に入り込んでしまいますので、相手への衝撃が小さくなるため、親指の第一関節より上の部分で人差し指や中指が内にめり込まないようにストッパー代わりにします。

握り方は2種類で、人差し指の第二関節で打つ場合は人差し指だけ浅く握り、それを親指の第一関節より上で支え、中指中心で突く場合は、人差し指と中指を浅く握り、親指の第一関節より上の部分で支えます。

実際使用する場合は人差し指と中指を浅くした方が、パンチが正確に入らなくても、どちらかが効くので効果的なので、僕が指導する際は、こちらの握り方を教えています。


手刀の基本

合気道の手刀(てがたな)は、指導する師範により様々なパターンがあるようです。

多くの場合は、空手の手刀(しゅとう)のやり方を教えているところが多いようです。多分、手刀打ちのやり方を空手から学んだ人が多いからでしょう。

ちなみに、空手の手刀は、人差し指から小指までの四指を揃え、親指は内に入れてしめます。

一方、僕が学んだ井口師範の手刀(てがたな)は、図のように掌を広げ、指の根本を縮めるような形で指一本一本に力が入るようにと指導されました。

打撃するところは、①~④まであって、顔面や頸動脈を打つ場合は①か④、コメカミや顎関節、眉間、眼球など点で打ちたい場合は②の骨が飛び出した部分、顔面を打つ場合は、③の掌底を使います。

ちなみに井口師範は、剛柔流空手の高段者でしたので、空手の手刀(しゅとう)もご存知だったのですが、合気道の呼吸力の入った手はこうでないといけないと言っていました。

また、井口師範はこの手刀(てがたな)の形は、座り技呼吸法(座り技呼吸力鍛錬法)で相手に手首を持たれたときも同じようにすると言われていました。


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【当て身の基本・拳の作り方】

皆さん、お元気ですか? 僕はメチャクチャ元気です。

今、己と宇宙の気と一体になるのが合気道であるということを述べていますが、それは合気道修行者の最終目標ではなく、稽古の中に技術として入れていく必要があります。

僕が師事した井口師範は、「宇宙の気と一体になるためには、まず当て身をしっかりできること」と指導されました。

そこで、今回からは当て身の基本について述べていきたいと思います。


間違った当て身の危険性

合気道では、「宇宙の気と一体になりなさい」と教えます。ところが、具体的にどうすれば宇宙の気と一体になることができるかは指導しないのが現代の合気道ではないでしょうか?

そのため、多くの指導者たちが概念的、精神的な方面でそのように指導することとなっているように感じます。

あまりにも概念主義、精神主義に傾くため、「当て身など攻撃的な技術は、世界の平和、宇宙の和合を目指す合気道にふさわしくない」として、合気道開祖が重要視した当て身さえ否定する人も現れています。

そういった指導者は、形の上では、正面突き、正面打ち、横面打ちなど弟子にさせても、具体的に効果的な打撃法を説明しないようですが、護身を考えたとき、最も頼りになるのが当て身です。

また冒頭でも書いたように、宇宙の気と一体になる稽古をするには当て身が最も基本になりますがこの理由は次回お話しします。

それぐらい当て身は重要ですが、正しく拳を作れなかったり、正しく手刀ができない人が当て身を行ったとき、相手に打撃をいれた瞬間、手や手首を痛めたり、指を痛めたりします。

そういった人にサンドバッグを打撃してもらうと、ペチっという音とともに、殆ど効かないパンチしか打てません。その上、手首や指を捻挫したりしてしまうケースもよくあります。

非常に打撃のしやすいサンドバッグですらそうですから、動く人体を打つとさらに危険です。


拳の使い方

この項では拳の使い方について述べていきます。

まず一番としては拳の握り方をしっかり覚える必要があります。その前に、まず間違ったパンチの例を見ていただきたいと思います。打撃系の武道や格闘技をしている人から見るとこの写真は一目で素人だということがわかります。

先ず、拳を作っている親指が伸び切っています。もし相手を殴った場合、親指から当たることになりますから、当然親指は良くて捻挫、悪ければ折れてしまいます。

さらに、パンチのどこに当てるかという意識がこの少年には希薄です。ですから、ただ手を前に伸ばして空手の真似をしているだけというのが分かります。

後は蛇足ですが、空手をしている人から見ると、引手が、内側に手首が折れているのもかなり問題です。

先ず、拳の握り方が基本になるのですが、それを説明する前に、拳のどこに当てるかという点を知っておく必要があります。打撃部分の基本は拳頭といわれる人差し指と中指の第三関節部分です。

握り方は、まずは、小指、薬指、中指、人差し指の四指から握ります。そして、人差し指、中指を包み込むように親指を握ります。

通常、空手の握り方では、小指から順に薬指、中指、人差し指と強く締めるように握り込んで行き、最後に親指で包み込んで固定して、拳全体をカチカチに固めますが、合気道の場合、握り込んだ時点でも力が抜けている必要があります。

空手のような武道では、拳を巻き藁など硬いものにたたきつけて強い拳をつくりますが、合気道は武器としての拳を作りません。

相手の顔面などの硬い部分に当たった時自分の拳を痛める恐れがあるから、衝撃を吸収できるように軽い遊びが拳にあるような握りになります。

こういうと空手に比べて合気道のパンチは中途半端と思うかもしれませんが、考え方の相違によるものです。

空手の場合は、実戦で相手の骨まで粉砕するほどの硬いパンチを打ちだすのが目的で、合気道の場合は、衝撃を相手の内部に伝えるようなパンチを出すのが目的だからです。

そのため、合気道では、当たる瞬間に握力がこもるような打ち方をします。

このようにすると、打撃の際の衝撃力は落ちるものの、打撃力の持続時間が長くなります。持続時間が長くなると、表面で恥空かれた後も相手への打撃力が維持されていて、最終的には相手の内部まで浸透するのです。

といっても空手では、衝撃力も持続時間も長い技術もありますので、飽くまでもやり方が違うという認識で考えてください。


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